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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

読書日記2月27日(水)

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  「矛盾」   元第五福竜丸乗組員 大石又七
                    2011年9月15日刊
 大石又七氏は元マグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員。1954年、3月1日未明。マーシャル群島ビキニ環礁付近で操業中、アメリカ合衆国の行った、大気圏内核実験の死の灰を浴びて、寄港した以後何年も放射能と闘う運命を歩くことになった。その被爆体験後の足跡をたどり、作者を取り囲む政治家の対処の仕方、アメリカ政府の対応、自治体や関係諸機関の対応、医療機関や学者の辿ってきた関わり方、等々を...作者の目から具体的かつ率直な語り口で綴ったのが本書である。大石氏は既に何冊か自己体験を通して世に伝えるべき、「報告書」を出版しているが、本書は最新のものであり、特に3.11の原発事故以降、日本がかつてない試練に立ち向かっている現状を前にして、核に対して日本人がどう立ち向かうべきか、自らの経験を通して分かりやすく訴えている。第5福龍丸の乗組員も既にかなりの数の人々が旅立ち、残されている人の数も少なくなった。そんな中で、ある種の「使命感」から筆者は全身の力を込め願うような気持ちで本書を書き上げた。大石氏は既に癌の手術を受けた身である。しかもそのほかにも病を持っている。それでありながら、国から、「被爆者認定」を受けていない。驚くべき事実だが、ビキニ被爆を体験した漁師達は一人も「被爆者手長」を所有していないのだ。それは、被爆が政治的交渉の対象として扱われ、国と国との「取引」の材料として扱われてきたからだ。その結果日本は戦後早い時間のうちに核技術をアメリカから譲り受け、原発の始動にこぎつけたのだ。第五福竜丸の犠牲者はそのための「犠牲」になったとも言える。しかし、一人ひとりに一体どんな「罪」があるというのか。国と国とのエゴで間で被害を受けるのはいつも弱い立場の「庶民」だ。
 そんな絶望的環境のなかで、作者大石又七氏は正直に、勇気を持って、ことの真実を語り、世の中に真相を訴えかけようとした。本当に「真正直」な人である。こういう人を支え、その正当性をバックアップしてゆかなければ、福島の今後も姿が見えなくなる。最早日本は「核」とは曖昧な態度で付き合うことは許されなくなってきている。
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by tomcorder | 2013-02-27 21:47 | 日記