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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

読書日記3月7日(木)

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  「チェルノブイリの祈り」     スベトラーナ・アレクシェービッチ
                                松本妙子訳  1998年1月刊

 著者スベトラーナ・アレクシェービッチは1948年ウクライナ生まれのノンフィクション作家でありジャーナリスト。ベラルーシ大学ジャーナリズム学部卒業後新聞特派員や教師等を経験しながら、社会的話題性の高い評論やノンフィクション作品を世に発表した。当時のソビエトの社会情勢の中ではなかなか出版もままならぬ面があり、体制維持勢力からは、危険視されていた時期もあった。しかしゴルバチョフの登場とペレストロイカの進行とともに、徐々に社会的に認知されるようになり、いくつかの作品が後を追って出版されるようになった。本著は19997年に発表されたものであり、ヨーロッパの数カ国で出版され、いくつかの賞を受賞した。皮肉にも本国ベラルーシではその「独裁政治」のためか広く受け入れられているとは言いがたい。日本では1998年に松本妙子氏によって翻訳され出版されるにいたった。チエルノブイリ原発事故に遭遇し、人生を大きく揺さぶられた人々、自らの命を奪われ苦しみながら世を去った人々、愛する家族と悲劇的な別れを余儀なくされた人々、・・等々原発事故以来、政府や保守的な世間の理不尽な対応の中で懸命に生きようとするする、赤裸々な「庶民の真実」が「本人の声」として描かれ編集されている。社会の各層で活動していた幅広いな立場の人々にとっての、「チエルノブイリ」の爪痕が極めてリアルな言葉で、飾るところ無く綴られている。翻訳という作業を感じさせない被災者の吐き出すような痛切な言葉の数々が、読む人間の心を捕えて離さない。事故処理のために動員された作業員は社会的には「名誉ある行為」として讃えられた。しかし、具体的な扱いは極めて「非人道的」であり、放射線管理という観点からは、重く責任を追求されるべき経過が各人の記述から暴露されている。この作品は日本の福島事故にも共通する視点も投げかけており、我が国の原発事故の現実にも鋭い問題を提起している。
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by tomcorder | 2013-03-07 21:28 | 日記