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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

読書日記3月25日(月)

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  「正義という名の洗脳」                                苫米地英人       2012年7月刊

 もうすでに日本中に浸透してきた、「洗脳」シリーズの作者、認知学者の苫米地秀人氏の最近作。今回のキーワードは「正義」である。万人が認めたいような社会的共通概念に真っ向からメスを入れ、意表をつくような持論を展開してゆく過程は、いかにも彼らしいショッキンギな「キャッチフレーズ」の操り方で、読者の意識をダイナミックにひきつけること請け合いである。しかし、言葉は過激に聞...こえるかも知れないが、落ち着いて氏の主張を追ってゆくと、決して偏ったものの見方ではなく、歴史意的事実や客観的データに基づいた、「正論」かどうかは言い切れないまでも、十分説得力のある論理展開であることが分かる。
筆者は「正義」という概念が4つの「手段・戦略」によって「洗脳」されていると、持論を組み立てた。すなわち、法律・利権・教育・メディアの4分野である。確かに現代における正義、大義・・・儒教で言うところの「義」は氏の説くような手段、媒介によってコントロールあるいは評価、再分配が成されており、決して「聖人」の価値基準で系統化されるような内容ではない。決して絶対的なものでなく、その仕組みの源泉をたどれば極めて「如何わしい」要素さえ内包しているのである。そもそも絶対的「正義」が存在するとして行動するこことに無理があるのかもしれない。そして、現代において、だれがその「正義」を己の「武器」として見方にしようとしているのかということを、作者なりに分析した結果が、「世論」であり、「権力者」だということになる。しかしそれらは相対的であり、国の状態や時代で多様であるという。特に、日本の現在は絶対的な権力者というより、「世論」をアレンジする「メディア」に決定権があり、「メデイア」を制するものが結果的に正義を代弁し、結果的に権力を行使する存在となっているという。又メディアを裏で操ってきたのが、戦後の支配勢力ならびに外国資本の力だとも指摘している。自民党政権が再始動し外交新時代に足を踏み出そうとしている現在、我々は「洗脳」なき未来に通用する価値基準を見出すことができるだろうか?もっと見る
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by tomcorder | 2013-03-25 15:43 | 日記