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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

読書日記7月8日(火)

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  「死の淵を見た男」   <吉田昌朗と福島第一原発の500日>   門田隆将
                                    2012年12月刊
本著は福島第一原発事故の現場を吉田昌郎所長(当時)を中心とした、関係職員の立場から再現したドキュメントであり、正に直面する危機に体を張って挑んだ人たちの物語である。彼らが体験し、考え、苦しみ、勇気をもって戦った事実の経過を作者がインタビューした内容を再構成し、まとめ綴ったものである。マスコミの報道の中身から、大まかな事故の経過は多くの国民の知っているところではあるが、改めてそこに生死をかけて、一瞬一瞬の行動に全力を注いだ生身の人間がいたことは、当然のこととはいえ読むものの心を大きく揺さぶるものがある。
 筆者が冒頭で語っている通り、本書は原発の是非を論ずる書ではない。従って原発を推進する立場も、批判する立場も一言も表現されていない。ただただ、「起きてしまった事故」に対し置かれた立場や職務に対する使命感や責任感から、一個の人間の能力を超越するほどの、凄まじい「格闘」の姿が鋭く描写されている。有無を言わさぬ緊急事態の中で、文字通り一国の存続に関わる重圧を、それぞれの人間の肩に負い、逃げることなく戦った男たち(女たち)がいたことを私たちは忘れてはいけない。
 福島第一原発は現在も収束のめどははっきり見えず、今もそしてこれからも、難問難題が延々と続くだろう。いつになったら、危機を脱したといえるのか誰にもわからない。それでもあの日本列島分断の国家的危機を最悪のシナリオまで展開させずに済んだのは、多くの関係者の必死の取り組みがあったからに他ならない。
今現在事故の被害がどの程度になるかは確定的ではないし、廃炉や現地の安定状態への回復がいつになるかはわからない。ふるさとを奪われ、平穏な生活そのものを奪われた人々はいつになったら安寧な日々がもどってくるかもわからない。本書に登場した人々は全身全霊で対応し極限的な努力をしたことであろう。しかし事故は収束できず多数の被害者が続出し現在に至っている。今も現場では自分の健康を秤にかけ汗を流している人たちがいる。相反する二つの人間模様を前にして、やはり「小説を味わう」わけにはいかないのだと思う。「本の中で終わる話」ならそれは美しい。どんなに「敬意」を払おうとも、「結果」は無視できない。もとに戻ってしまうが、やはりこれは「原因を論じる」ことを逃れることはできない問題だと思う。どんなに「美しき人々」が登場したとしても全ての根源たる「悪魔」の「息の根」を止めない限り、このドラマは完結しないと思う。
 
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by tomcorder | 2014-07-09 00:18 | 日記