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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

読書日記7月9日(水)

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  「赤紙と徴兵」 <105歳最後の兵事係の証言から>    吉田敏浩著 2011年8月15日刊
 「滋賀県長浜市の浅井歴史民族資料館の一室に古びた書類の山がある。旧東浅井郡大郷村役場で兵事係をしていた西村仁平さんが戦後60年余り自宅に保管していた兵事書類である。」・・・本書の書き出しはこの一節より始まる。「兵事係」とはかつて、戦前・戦中に全国の市町村役場で、徴兵検査や召集令状の交付、出兵兵士の見送り、武運長久祈願祭の開催、戦地への慰問袋のとりまとめ、戦死の告知、戦死者の公葬、出征軍人の家族や遺族の援護など、・・・兵事に関する膨大な業務を担っていた公職である。今風に言うなら「戦争関連よろず請け合い事務処理官」とでもなるだろうか。その兵事に関わる諸書類が兵事書類である。(筆者説明)実はこの書類は、1945年8月15日以後、すなわち敗戦の日を過ぎて、軍の命令により焼却廃棄することになっていたのである。焼却命令が何時に出て、どんな目的だったかは正確には覚えていないと言うが、とにかく西村氏は自分が関わった書類は多くの若者の生死をも分けた、家族や関係者にとっては本人を含め人生を大きく左右した、経緯を物語る足跡であり、どうしても「なかったこと」には出来なかったのだ。そうしているうちに60年以上が経過し、「戦争は悲しみだけが残る。2度としてはいけない」との思いがわき上がり、自分の残した兵事書類が「戦争がどんなものかを知るための証になれば」と思い公開することになったのだという。
西村氏の書類が表す「戦争の記録」は極めて多方面に渡っている。招集される兵の種類とか、その人選もための準備、調査にはじまり、徴兵検査や招集の遂行、家族の援助や状態の観察、訃報の伝達や遺族の援助、等々実に多岐に渡る業務であった。勿論仕事が仕事だっただけに、いかに誠意を持って対応しても、冷たい視線に曝されたことも感じていたという。いくら「赤紙を書く仕事は関係なく渡す役だけだった」とは言っても、大事な息子を、奪われた親や家族からどう思われていたかは痛いほど解っていたのだ。
西村さんは言った。「戦争が終わり兵事係がなくなって、ほっとしたなぁ・・」
「兵事書類について沈黙を通しながら、独り戦没者名簿を綴った西村さんの戦後は死者たちと共にあったといえる」(筆者弁)
昨今、集団的自衛権の容認等が政府ペースで進められ、「徴兵制」の懸念がにわかに高まっていると危惧する識者は多い。今後西村さんが経験したような「仕事
」やポストが再登場することのないようにすることが、筆者や西村氏が本書を世に出した最大の動機であることは明らかであろう。
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by tomcorder | 2014-07-09 17:37 | 日記