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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

読書日記11月27日(金)

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   「被災者支援政策の欺瞞」   日野行介著  2014年8月刊

 著者日野行介氏は1975年生まれの毎日新聞の記者。先に2013年刊、「福島原発事故県民健康管理調査の闇」を著わしている。
 そもそも本著の始まりは、2013年6月に発生した「暴言ツイッター」からだった。エリートキャリア官僚がtwitter上で、公務員にあるまじき上から目線の、不見識な言葉を複数回「つぶやいた」ことからだった。この事実に注目した著者は、素早い調査、張り込みを開始し、その暴言の発信者を突き止めたのだ。驚くべきことだった。twitterの発信元は復興庁のM参事官(当時45)だった。バリバリの中堅クラスのエリート官僚だった。どんな動機からは分からぬが、被災者の心情を踏みにじる言葉であり、「公務員」として許されない、取り返しのつかない発言であった。例えば「左翼のクソ野郎が・・・」とか「懸案解決・・・白黒つけづに曖昧なままに・・・」とか「田舎の議会を見て・・・吹き出しそうになる・・・」等々、被災者はもとより、支援法の成立に尽力した議員や市民団体を問題視し、愚弄中傷するものだった。この人物が支援法の担当者だったこともあり、大きな問題として取り上げられ、当然のことながら本人は処分を受けた。
 しかし、この事件を復興庁は「個人の犯したミス」として幕引きを計ろうとしたが、その内容から言って、「組織としての実態」に大きな疑いを持たざるを得ないような問題性を内包していた。つまり「支援法」は成立したものの、その具体的運用指針が不当に先送りされ、時とともにますます「骨抜き」にされつつあるという現状そのものであった。ここでいう「支援法」とは正式名「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」という65文字にも及ぶタイトルのつく法律だ。
 復興庁が担当する復興支援の法律としては、「福島特措法」とこの「子ども被災者支援法」とが「双子の法律」として存在するが、その扱いは対照的である。その成立には、「超党派」の議員が集まり、「議員立法」で成立したが、成立時の「理念」に呼応するような「具体的方針」が確定しないまま半年もの間、放置されたままだった。関係諸機関同士の思惑が水面下で作用しあっていた、と思われても仕方あるまい。福島県富岡町元職員の小貫氏は言う。「避難者は不安を覚えながら暮らしている。一日も早く支援の手を差し伸べてほしいのに、省庁の責任の押し付け合いに時間が浪費されることは許されない」と。
 線量についても具体的な基準を示さないまま、反発を無視するような形で、「帰還促進を強く打ち出す方向」に政府方針は進んでいった。2013年5月にチエルノブイリに調査に行った政府筋関係機関も、「日本の事故はチエルノブイリほどの被害ではない」との曖昧な結論しか出さず、その発表の仕方も透明性に欠け、自己弁護的である。マスコミでの批判的報道に対しても、政府および規制委員会等関係機関は感情剥き出しの反論を加え、最近ではあらゆる権力を使って「マスコミ封じ」を目論んでいる。これは安倍政権の「政治的スタンス」として共通している。
 著者の被災地の人びとの「生の声」からも分かるように、政府が声高に「帰還への道」を進めようとしても、現地の避難住民は単純に「帰還」を喜んではいないのだ。「線量の把握」も曖昧だ。住民が言うように「政府は都合のいい時だけ公表する」「記者は<みんな帰還を望んでいる>なんて書いちゃだめだ」等の言葉を忘れてはならない。別の住民の言葉では「喜んで帰ったわけじゃない。今の気持ちは伝えきれないし、記者が記事に書くのも難しいだろう。我々は制度に乗っかっちゃった。パターンに載せられている。自宅で泊まれてうれしいというような状況でない。」「絶対に帰るのを拒否しているわけじゃない。でも安心して帰れるような状況ではない。・・・ただ、遠くにいたら声が届かないんじゃないかなと思った。住まないと言えないこともある。私はそれを言いたいんだ!」
 「風評被害」という言葉が一人歩きした。政府がそれを言う時は「責任転嫁」の声も同時に起こる。-------1msvを守る「責任」は誰が負うか------と筆者は問う。

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by tomcorder | 2014-11-28 11:30 | 日記