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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

読書日記12月12日(金)

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  「集団的自衛権の何が問題か」  ~解釈改憲批判~
                    奥平康弘・山口二郎編 2014年7月刊

*執筆者一覧*半田滋、御厨貴、長谷部恭男、柳沢協二、青木未帆、南野森、浦田一郎、
       永島朝穂、高見勝利、高橋和之、阪田雅裕、中野晃一、西崎文子、
       前泊博盛、岡野八代、丹羽宇一郎、村上誠一郎、北沢俊美*

 民主党政権から政権奪取した第二次安倍政権は、「積極的平和主義」なる国民と世界を愚弄する低劣な造語を掲げ、露骨な復古主義的政策を進め戦後の民主主義に対する不遜な挑戦を続けている。これは正しく、戦後の日本人の流した汗と努力への不敬の念の現れであり、歴史修正主義に魂を奪われた戦前回帰願望の亡者の自作自演シナリオとみることができる。日本版NSCの開始や国家安全保障法、特定秘密保護法、武器輸出3原則改悪・・・次々と、積極的ならぬ「破局的」平和主義をばく進する安倍反動政権はついに今夏、歴代政権が「超えるてはならない」としてきた集団的自衛権の容認とういう暴挙に踏み込んだ。もはや「平和主義」という範疇を超え立派な「軍国主義」の道を歩み出したのである。
 本著は「集団的自衛権行使容認」に疑義を唱える、各領域における論客が、それぞれの角度からの分析にもとづき、安倍政権の愚行を批判・告発している。どの論者から見ても、この判断、すなわち集団的自衛権の憲法解釈による行使容認を、まっとうな政府のとるべき行為とは認めていない。それは憲法学者、政治学者、ジャーナリスト、政治家、経済学者、マスコミ関係者・・・と幅広い層から共通して問題視され警告されている。なんと今の政権与党たる自民党の議員からも現政権に対する痛烈な批判がなされているのだ。
「安倍政権は何をやろうとしているか」
まず安倍晋三個人の持つ資質が問題視されている。周知のごとく、「岸信介の孫」という生い立ちが背負う政治的スタンスが、負の使命感となり、戦後続いてきた保守主義の正当性へのあからさまに疑い、攻撃を継続的に続けている。その色彩はきわめて復古的であり、立憲主義の原則さえ「古い時代の概念」と決めつけるほど常軌を逸している。このような危険きわりない政治信条、過度の権力の私物化の代償として、「国民の命と暮らし」が剥奪されようとしている。歴代の自民党政権の論理、さえ破壊する暴力的姿勢は、憲法に対する挑戦でもあり、論理の破綻どころか論理の破壊とまで言いうるレベルである。安倍晋三の言う「取り戻すもの」とは正しく「戦前」と判断すべきであり、日米安保の双務性に対する誤認識や修正主義的歴史認識等々、ますます日本を世界から孤立する方向に追いやろうとしているとしか見えない。最近では当のアメリカさえ「距離を置こうとする」姿勢が透けて見える。
 ニューヨークタイムス紙も再三に渡り、安倍政権の振る舞いに対し、警戒の念を表している。安倍の主張とは裏腹に世界一般は「不安定要素を増長させる因子となっている」と見ているのである。本人は強気のつもりかも知れないが、「現実を無視した危険な火遊び」を戯れているとの指摘もある。元内閣府に籍を置いた柳沢協二氏さえ、「集団的自衛権の必要性を証明することは至難であり、安倍首相は<集団的自衛権の名分のみ>が欲しいのではないかという。売名行為の犠牲になる国民は耐えられないはずである。
「立憲主義の破壊」は現に進行しつつある。我々は何ができるのか。<解釈改憲がなぜいけないか>については既に各所で指摘されているが、理論的にも歴史的にもその危険性は広く確認されている。これを否定することは紛れもなく時計の針を逆回しすることであり、紛れもなく現政権は「過去を向かって矢を放つ政権」としかとらえられない。内閣法制局はいわば「内閣の法律顧問」であり政府の「客観性」を維持するためにも必要とされていたのであるが、その人事さえ自己保全のために強引に介入する安倍政権の手法は、誰から見ても強権的であり、「禁じ手」の連発で政権維持を図る異常な姿勢自体が民主主義そのものへの挑戦とも受け止められる。
 集団的自衛権に関わる過去の事例、を大きく方向転換させようととする安保法制懇の動きは、安倍首相の私的意向を裏から支える特別機関になっており、歴史に学ぼうとすれば、その存在は正に「背広を着た関東軍」と評するのは早稲田大学の水島朝穂氏だ。集団的自衛権容認をなんとしても正当化しようとする法制懇の諸論議は武力行使解禁のための「詭弁のデパート」であり、その有り様は戦前の軍部に酷似しているというのだ。「隙間」だらけの「有識者」の思考と知識を厳しく批判している。「交戦権」がないのに、どうして他の国と一緒に戦争ができるのか、子どもで解る話だ。
 「国際環境の変化と集団的自衛権」
 新自由主義の台頭とともに我が国も大きな政治・経済の波が押し寄せた。小選挙区制の導入、国鉄民営化、構造改革、郵政民営化、・・・目まぐるしい変化に遭遇した。そんな背景のもと、第2次安倍政権は改憲(壊憲)戦略の敢行を開始した。混乱の社会情勢に便乗したのだ。・政権の矛盾に気づきつつも、alternaiveな歯止めとなる政党がない。・階級利益の追求に邁進する資本家集団・階級闘争の実像と手段を見失った既成政党。・・・という状況下で安倍晋三は「戦犯」を前に「戦争犠牲者」と言い放った。
 「米国との外交関係」からの集団的自衛権については西崎文子氏が論じている。日米関係においては、「国連中心主義」からの離脱が進んでいるという。集団的自衛権の自制はその危険性に警鐘を鳴らす効果があったと評価する一方、湾岸戦争以降権力政治への回帰が進み、日米関係は微妙な様相を呈していると説く。
 「沖縄からの視点」で集団的自衛権を語ればどうなるか。前泊博盛氏は訴える。2013年4月28日、戦後61回目の「主権回復の日」を迎え、安倍晋三首相は大祝賀会を開き、天皇、皇后両陛下の面前で「万歳三唱」を唱えた。しかし、サンフランシスコ平和条約が締結された4月28日は沖縄が本土から「見捨てられた」「屈辱の日」なのだ。奇しくも最近の資料から分かったことに、昭和天皇は沖縄のアメリカ統治、米軍駐留を自ら希望したという。これが安倍晋三の「歴史認識」か。ベトナム戦争時沖縄の基地から米軍機が飛び立ちベトナムを爆撃した。集団的自衛権の適用だった。韓国兵もベトナムに向かい、多くの死者が続出した。これも集団的自衛権の行使だった。時代は進み「イラク戦争」では10万人を超すイラク国民が殺害された。これも集団的自衛権の範疇ではないか。「軍は民を守らない」これが沖縄戦を体験した沖縄の人々の共通認識だ。憲法9条こそ「抑止力」と前泊氏は力説する。
 1939年生まれ、前駐中国特命全権大使の丹羽宇一郎氏は語る。「集団的自衛権を行使したいなら、憲法を改正するのが筋だという議論が出てくるのは当然でしょう。でも無条件で憲法改正しようなんて誰も言っていない。政治家も学者もメデイアも自らの責任に自覚を持って欲しい。国家権力というのは自己増殖する。特定秘密保護法・武器輸出3原則転換・集団的自衛権行使容認、ではそのうち一体何が起きるかということだ。」又、注目すべきは政権与党自民党にもこんな人がいる。元行革担当相の村上誠一朗氏だ。彼は「ワイマールの落日」繰り返すな。立憲主義を崩す前例を作るな。と安倍政権に公然と異を唱えた。「当然のことが通じなくなり、異端のものとして扱われるようになれば、もはやフアシズムだ」とも断言している。「集団的自衛権が日本に必要か」「歌を忘れたカナリヤに国会議員がなっている」「右舷に傾きすぎて沈没しかねない」まことに爽快な持論を持つ「自民党議員」だ。
 編者を代表して山口二郎氏は言う。「今回の解釈改憲を許せば、9条は無意味化する。解釈改憲で既成事実を作り、やがて条文改正を狙う。この点をとらえて小林節慶応大名誉教授は<憲法泥棒>と呼んでいる。」「憲法解釈を変える内閣決議は憲法への挑戦である。・・・・これから息の長い闘いが続く。」
「憲法と民主主義の危機を憂える市民に、闘うための確信を提供できることを願い、本著を編纂した」と結んでいる。


 
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by tomcorder | 2014-12-12 14:06 | 日記