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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

読書日記2015年1月21日(水)

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「検証・法治国家崩壊」<砂川裁判と日米密約交渉>   
                            吉田敏浩   新原昭治   末浪靖司
                                       2014年 7月26日刊
「最高裁大法廷で起こった戦後最大の事件!1959年12月16日、日本国憲法はその機能を停止した。最新の解禁機密文書が暴露する、アメリカ政府の工作とは?」
 表紙の写真は、最高裁大法廷における口頭弁論の風景である。正面中央が裁判長田中耕太郎長官。「在日米軍の存在は憲法違反」とする1859年3月30日の東京地裁「伊達判決」を受け、最高裁に跳躍上告された砂川事件上告書は9月7日、口頭弁論が開始。審理は異例のスピードで行われ、12月16日、「米軍駐留は合憲」の逆転判決が言い渡された。(表紙カバー解説より)
 1959年3月末から4月にかけて、世の中は4月10日に予定されていた皇太子成婚パレードの話題で盛り上がり、いわゆる「ミッチーブーム」の真っ只中にあった。しかしその大セレモニーの陰で、戦後史に大きな傷跡を残す歴史的な大事件が起きていることなど一般人は気づくすべもなかった。それは1959年3月30日に下された東京地検における砂川事件の伊達秋雄判決の衝撃から始まった。この判決を聞いた当時のアメリカ駐日大使マッカーサー2世は即座にこの判決の結果を受け、時の国務長官ジョン・フォスター・ダレスに公文書の打電をした。(米国の情報公開により2008年新原昭治氏発見)大使はプレス向けには「当大使館がコメントするのは不適切である」と表面を整えながらも、現実的にはすぐに当時の藤山外務大臣に連絡を取り、翌日の早朝に大使との面会をした。その日の午前に閣議が予定されていたため、その前に政府の考えを確認し、アメリカの意志を伝え従わせる必要があったのだ。翌日の4月1日にも藤山外務大臣との2回目の密談を行い。日本政府が最高裁への跳躍上告を予定していることを確認し、本国に「迅速な処理に向けて圧力をかけている」と公電を打っている。さらに驚くべきことに、マッカーサー大使は閣僚との密談のみならず、こともあろうに、司法の最高責任者たる最高裁の長官とも密談をし、アメリカの外圧を加えていたのだった。皇太子成婚の華やかなブームの陰にこの様なショッキングな政治的策略が交わされていたということは、日米外交史の上からも、我が国の政治姿勢の根幹からも、重大な汚点を残す結果となった。
 砂川裁判を巡る日米の駆け引き、野合は「米軍の特権を守るため」の米政府の我が国の司法への干渉であり、裁判の姿勢、観点、時間的扱いに至るまで、具体的に圧力をかけ、日本政府をして、米国の論理に従う僕として傅かせる、「裏の法体系」の実在を世に知らしむ、「見せしめ」となった。異常ともいえる短期間の審議の中で、最高裁のとった基本的な考えは「裁判所に安保条約を判断する権利はない。」ということであり、米軍を超法規的存在として認めるというものであった。別の言い方をすれば、日本国民の「法益」より米軍のそれが優先される、という屈辱的なものであった。いわゆる「統治行為論」であり、米軍に「治外法権」を認める「安保法体系」の優先する判決は、「日本が戦争に巻き込まれる危険があり、日本国憲法に違反する」とした「伊達判決」を全面否定するものであった。この判決以降、米軍をめぐる幾多の事故が起き、少なからぬ悲惨な犠牲者が続出しても、「日米地位協定」を後ろ盾として、米軍の犯した罪を日本の法律で、国内法の基準レベルで裁くことは実質的には実現していない。住民運動などの盛り上がりはあったにせよ、現実としていまだに「治外法権」的実態は解消されていない。戦後70年が経過しようとしているのに、このような「属国的境遇」に甘んじている国が他にあるだろうか。
 安倍政権は「集団的自衛権」問題に触れ、「集団的自衛権」の解釈は「砂川裁判判決で決着済み」と豪語した。しかし砂川裁判の何が「集団的自衛権」の容認に繋がるというのだ。それどころか、「砂川裁判そのもの」が日米の闇取引の産物であり、時の政権中枢、司法、と米国との黒い黒い癒着が実物資料で明らかになっているではないか。こんな裁判の結果を「金科玉条」のごとく掲げること自体、異常であり、自己矛盾を自ら認めることではないのだろうか。
 砂川最高裁判決を下した田中耕太郎最高裁長官を登用したのは吉田茂総理大臣だった。当時田中耕太郎長官のライバルとして候補に挙がっていた一人に真野毅という人物がいた。彼は日本国憲法の考え方について次のように語っていたそうだ。「戦争放棄、戦力不保持は国際情勢の変化を口実として、憲法解釈の名の下に、時の政府の便宜主義によって覆し得るものではない。」誠に慧眼である。65年も前に現在を予見しうる人物がいたということは驚きだ。
 スポーツの世界では金メダル獲得や世界記録を出した選手でも、事後ドーピング検査や八百長などの不正が発覚・立証されれば、メダルや記録は登録抹消、没収され選手としての生命も奪われる。しかるに国を揺るがす大裁判に不正行為が立証されたら、どうなるのが健全な社会か?今この世、日本はきわめて不健全な空気の中にいるのではないか。
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by tomcorder | 2015-01-21 18:52 | 日記