ブログトップ

渡霧吐夢世界

tomcorder.exblog.jp

薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

カテゴリ:日記( 153 )

a0292328_17531267.jpg

  「市場と権力」         佐々木実 
                                      2013年4月刊
 和歌山県立桐蔭高出身、学習塾の優等生、社会科学研究会に所属し、トップクラスの成績を維持し、一ツ橋大学経済学部で近代経済学を目指す。・・・竹中平蔵少年の若かりし頃のプロフイールである。本書は竹中平蔵氏のこれまでの足取りを中心に、氏の辿ってきた経歴や言動、日本の政界・経済界に対する影響力を、様々な資料から構成した、言うならば「竹中平蔵物語」である。しかし、単なる「伝記」でも「自叙伝」でもない。政治の流れ、経済学界の流れの中で、竹中氏がどの様に考え、どのように振舞ってきたかを、きめ細かく分析し、組み立て、その人物像と国政のなかで果たした役割に迫ろうとするものである。
筆者佐々木実氏は1966年生まれの元日本経済新聞の記者を経て現在フリーランスジャーナリストである。
高校時代に始まり、大学時代、銀行就職時、研究所勤務、海外勤務時、官庁執行時、研究者時代、閣僚時代、小泉政権以降・・・と目まぐるしく活動を続けてきた竹中平蔵氏の、残した足跡をたどって行くと、大きな統一的な「人物像」が浮かび上がってくる。氏の周りには実に多彩な人間関係が存在してきた。学界、政界、経済界と守備範囲が広い。そのほとんどの人間関係において「利用し利用される」関係が成り立っている。悪く言えばその関係は常に「Give and Take」の関係だ。あるいは某経済界の重臣のいう言葉によれば、「竹中の背後には必ず金の匂いがする」のだそうだ。確かに竹中氏のこれまでの言動の数々の中にこれを裏づけるものが各所に見られるかも知れない。
小泉政権時の働きぶりについては見る人により賛否両論であろう。しかし、彼の残した業績は決してプラスの方向ばかりではなく。今現在も続く厳しい雇用の状況や派遣労働者の非人権的な環境の出現に大きな火種を巻いたことは、多くの一致した見解と言っていいいだろう。当然多くの非難にさらされたし、現在もその罪深さを追及する声が跡を絶たない。民主党政権の誕生と共に、前線から「退場」かと思われたが「運の強さ」か第二次安倍政権の誕生と共に、再び「市場原理主義」的手法の政策が進められ、いわゆる「格差社会」が時代に逆行する方向で進みつつある。
「宇沢弘文」氏の言葉を待つまでもなく「経済学は何のためにあるのか」と問わざるを得ない。竹中氏が真に「経済学者」であるならば、「竹中改革」によって日本国民は「どれだけ豊かになり、個々の幸福感が増したか」との問いに明確に答える義務があるだろう。単に統計における数字の問題ではなく。国民一人ひとりの顔と向き合い答えるべきであろう。
[PR]
by tomcorder | 2014-11-12 17:54 | 日記
a0292328_1846167.jpg


  「始まっている未来」  <新しい経済学は可能か>
               宇沢弘文  内橋克人  2009年10月刊
本書の対談部分4回は月刊誌「世界」に掲載された連続対談「新しい経済学は可能か」(2009年4~7月号)に掲載されたものである。
 今年2014年日本を代表する「行動する経済学者」宇沢弘文は惜しまれつつその生涯を閉じた。2度とその声を聴くことはできなくなったが、彼の残した足跡とその熱意は脈々と根付き、新しい時代の経済学の胎動を確実に波及させつつある。
パックス・アメリカーナと市場原理主義の激しいい豪雨の降り続く中、多大な傷痕を残したこの時代の終焉と新しい価値観に根差した確たる足取りで始まった新しい時代への展望が、対談の進行とともに熱く語られている。「社会的共通資本」を機軸概念とする宇沢経済学が、歴史を乗り越えた「解」であることを立証しようとしている。
<第1回>「市場原理主義というゴスペル」
二つの世界恐慌を体験した現代人は、過去から学ばなければならない。ニューディール政策がとられた頃、米国では人口の上位5%が全個人所得の3分の1を占めていた。現代のアメリカでは平均所得の中位以下の個人所得の合計に相当する富を400人の超富裕層が独占しているという。又4%の所得5000万以上の超富裕層が総所得の65%を手にしているという。それなのに、過剰な海外市場への依存も、「改革が足りなかったからこうなった」という学者さえいるのだ。「市場原理主義の経済学」は反ケインズ主義の主張の中で、新自由主義の極端な形として、頭角を現した。ミルトン・フリードマンを中心とした学者集団により勢力を広めた。パックスアメリカーナの根源にある考えであり、「法を犯さない限り何をやってもいい」という極論に走り、戦争さえも範疇に入る。ITバブル時代超富裕層への大幅減税と社会保障関係の予算カットを行った。今の日本と類似している。「規制緩和万能論」「聖域なき規制緩和」などをスローガンにし、「食料や医薬品に対する安全規制は技術進歩を遅らせ、社会に弊害をもたらす」とか「最低賃金法は雇用を阻害する」などと主張してきたのだ。又「派遣労働を規制すれば国際競争力が削がれる」とか「企業が海外移転してしまう」などとも言ってきた。オバマはこれに対して否定的な傾向を示した。「国民皆保険」をめざし、財政的なよりどころを「超富裕層への増税」で賄おうとしたのだ。日本はどうなっているのだろう。我が国は真逆ではないか。アメリカの遥か後ろを追いかけてるのだ。
<第2回>「日本の危機はなぜこうも深いのか」
2009年3月日本では派遣労働者だけで40万人が職を失った。派遣労働法の改正(改悪)が行われ、経営者よりの雇用形態が進んだ。アメリカに対し日本の植民地化が進み、日米構造協議により、日本の道路を米国自動車業界に差出し、日本の農業をアメリカの余剰作物と交換により米国に差し出す結果となった。アメリカでもマッカーシズムが浸透しマルクス主義者やケインズ主義者に対する攻撃が激化したが、多くの経済学者が政治的な圧力を排除して学問の自由と研究者の良心を守るために闘った。我が国の経済学を守った学者達も果敢に行動した。
<第3回>「人間らしく生きるための経済学へ」
内橋氏の言葉を借りれば、地方の衰退は国の政策がもたらしたものの結果であり、地方自らが勝手に飲み食いして赤字を重ねたわけではないという。国の方針で630兆円の公共投資を、生産性向上に結びつかない条件で地方にばら撒き、借金を強要したのだという。結果として巨額の赤字を残し、赤字病院の切り捨てや住民サービスの交代が余儀なくされた。高度経済成長のもたらした帰結・公害、放射性廃棄物、等々市場経済的な計算に乗らない費用も考慮しなければならない問題である。竹中平蔵氏の足跡についても一言述べられている。論文発表のモラルとか、アメリカでの体験とのかかわりとか、「自分の説」のように言っているが、民意といいつつ「民論」を装いつつ「権論」をまき散らしているという。パックスアメリカーナ体制に一番厳しく取り込められたのが、日本だという事実は見逃せない。経済学は何故マネー暴走に歯止めをかけられなかったかという厳しい問いかけの中、最後まで抵抗したのが、大学であった。大学は宇沢氏の論では「社会共通資本」であるが、国立大学法人化により人事権は教授会から文部省の天下りに移された。大学の品位すっかはすっかり落ちたという。パックスアメリカーナとは日本の植民地化によってアメリカが救われることだという。その暴力性は時代に反逆するものであり、これからの経済は資本主義、社会主義の弊害、幻想を乗り越えた先にあるべきというのが氏の主張である。
<第4回>「新しい経済学の伊吹」
今の経済学はケインズともマルクスとも違う、経済の原点を忘れて時の権力に迎合するような考え方で、根本にあるのは市場原理主義という、儲けることを人生最大の目的にしていて人間的側面は無視していいという考え方がフリードマン以来大きな流れになっている。これに対し宇沢氏は「共生セクター」の原理、共生経済の在り方が重要だと説く。簡単に言えば「競争から共生」へいう流れと理解してよいのだろうか。「市場をコントロール」して行くことの必要性を強調している。これは市場が主でなく、人間が主語でなければならないという考えである。パックスアメリカーナからから新たな経済、共生経済を目指す人びとへの社会的指向性が見えてきたのに、現在の日本政府は新自由主義的な色彩の強い、歴史に逆らうような政策に明け暮れている。アベノミクスの矢印は完全に「過去向き」に進んでいる。
[PR]
by tomcorder | 2014-11-04 18:47 | 日記

a0292328_16305416.jpg

 「集団的自衛権容認を批判する」   
                 渡辺治 山形英朗 浦田一郎 君島東彦 小沢隆一                                                                                                                                                                    日本評論社  2014年7月刊
2014年7月1日、戦後60年以上守り続けてきた「憲法9条」の定義に、根本的な変更を意図する、驚きべき閣議決定が行われた。すなわち戦後の日本の政権担当者たちが一度も手をつけなかった集団的自衛権の容認を、初めて明言し、「憲法そのものを変えずに」「憲法の解釈を変える」と言った極めて姑息で策略的な手法によって、9条そのものの在り様を変えようとする、大胆かつ民意を無視した暴挙に足を踏み込んだのだ。
本著は安倍政権の歴史に逆らう不遜な挑戦に対し、危惧と憤りの念を持つ学者たちが、それぞれ別々の角度から、集団的自衛権容認の意味するところを分析し、その問題点を指摘追及しようとしたものである。
全体が5章から構成されており、それぞれ著者5人が順に担当分野別に執筆している。その5章とは、
 1章 「安倍政権の改憲・軍事大国化構想の中の集団的自衛権行使容認論の位置」 渡辺
 2章 「国際法から見た集団的自衛権行使容認論の問題点」  山形
 3章 「集団的自衛権はどのように議論されてきたか」   浦田
 4章 「東アジア平和秩序への道筋」 君島
 5章 「集団的自衛権行使容認をめぐる最近の動向について」 小沢
の各項目による構成となっている。
全体としては7月1日の閣議決定前の状況に基づいて論評されているが、最後の小沢氏の論文の中で、閣議決定の問題点やその後の課題当が述べられている。
本書はそれぞれの分野の専門家が、鮮明に解説し、客観的に集団的自衛権の持つ特徴を様々な角度から分析している。素人にはやや難解なところもあるかも知れないが、全体としては分かりやすい説明表記になっており、「日本の現政権が向かうところ」そして日米関係の今後の方向性がより明確に示されている。
その具体例を挙げてみよう。
 まず第一章においては、①安倍政権の性格②軍事大国化・集団的自衛権に固執する訳③軍事大国化構想の全体像・・・が順をおって述べらている。安倍政権の性格とは日米軍事同盟強化を目指すことと、新自由主義改革の推進、を自らの課題としているということである。集団的自衛権は米国も歓迎するとのコメントがある通り、日米軍事同盟強化のプロセスとしての性格が大きいが、他方で「軍事大国化」を構想する安倍の「個人的野望」も見え隠れする。2つの矛盾する顔を持つのが安倍政権の特徴と渡辺氏は説く。
集団的自衛権容認の歴史的側面をたどれば、日米関係のうねりがリンクしていることがまず挙げられる。朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争、・・・等々アメリカの起こした戦争が、ことごとく我が国の安全保障の骨格に影響を与えてきたし、これからも与え続ける可能性がある。その流れからも今回の閣議決定はなされたと見るべきであろうが、それに安倍個人の歴史修正主義的価値観が加わっていることも無視できない。「軍事大国化」への日米の見方は必ずしも一致していない。「軍事同盟強化」は安倍の望み=米国の望みではない。米国は日本がアジアの軍事大国になることは望んでいない。あくまで「米国にとって」都合よく働く同盟国の在り方が求められているのであって、安倍は勘違いをしているのかも知れない。日本の支配的な層からも危惧されているとの説もある。
第2章においては、国際法における集団的自衛権の解釈を時系列的に述べている。はっきり言って、我が国で解釈されているような集団的自衛権の捉え方が「全世界的」とは言えないようだ。「言語の違い」も関係して、フランス語文化県では集団的「自衛権」というより「他衛権」として理解されているようだ。つまり「他国を巻き込んだ正当防衛」として論じられるというのだ。2度の世界大戦を経て、今言う集団的自衛権の概念が確立してきた。しかし、ニカラグア事件以降新しい条件も加味されているが、我が国の政府の言う「3条件」は世界最新の見解とはリンクしていないようだ。もともと集団的安全保障と集団的自衛権は相いれないものであり、現在我が国政府の言うような集団的自衛権は「米国にとって都合のよい」捉え方であり、日本が世界の中で「米国の手下」としての役割を果たす国家になったと宣言するようなものであるかもしれない。
第3章ではこれまでの経過をのべている。1981年の政府答弁に、「国際法上集団的自衛権を有していることは当然であるが憲法9条下において、許されないと考えている」と述べられたのは周知のことであるが、最近の安倍政権はこの答弁から前の記述、1972年より前の日本の姿に戻そうとする動きである。
過去の政府解釈で議論されたことで問題点としては①実力・武力論と②地理的限定論があげられるが、現行解釈で地理的限定なしに認められるはずがない。筆者は議論の経過を①自衛隊が作られた頃②安保条約改定の頃③現行解釈が固まった頃の三期に分類している。①においては1954年「海外派兵禁止決議」が参院において可決されている。②においては、アメリカの日本防衛義務が確認されたが、代わりに米軍への基地提供が固定化した。在日米軍への攻撃があった場合日本も武力行使することになっている。個別的自衛権の併発型との捉え方もある。③の時期においては、ベトナム戦争等への市民運動や世論が高まり、地理的限定なしの集団的自衛権には否定的な政府見解を維持した。これは、市民の声が集団的自衛権の展開を抑えてきたといえる。
さらに筆者は「砂川事件」のことを強調して述べている。すなわち、「米駐留軍は違憲か」で争われた裁判ではあったが、当時日本の義務は「基地提供」のみであり、「集団的自衛権行使」はアメリカにとってのものであり、日本にとっては集団的自衛権は想定されなかった。この件につき安倍晋三は「集団的自衛権を否定していないことははっきりしている」と発言しているが、これは正に「スタップ細胞発言」に類似した論法と言わざるを得ない。
第4章東「アジア平和秩序への道筋」では<ミリタリズムを批判・抑制する力>との観点から、米国、日本、中国を中心とした、防衛政策の現状を論じている。中国の大国化の流れで米国は「新型大国関係」の構築を表看板に掲げるようになった。これに対し安倍政権は「日米関係のリバランス」を唱えているが、日米軍事同盟強化の掛け声の裏で、自衛隊が中国封じ込めの別働隊として利用される危うさを内在している。アメリカの「本音」を見抜かなければ日本は文字通り「司令官の理想的な部下」になってしまうのではないか。
 米国における「ミリタリズムを批判・抑制する力」はパリ不戦条約の頃から流れが発生しており、2013年のオバマ・安倍の最初の会談の会場前でも、「日本国憲法9条を守る」抗議行動を行ったとの報告もある。米国の平和運動と日本の憲法9条とが意外な繋がりを有していることは注目に値する。
中国の場合はどうだろうか。驚きべきは平和=軍拡の声さえ在り得る中国の現状だが、南京大学教授を中心として、中国の超大国化に警鐘を鳴らす運動も広がりつつある。東北アジアにおけるNGOを中心とする動きも始まっている。国境を超えるミリタリズム抑制のための市民運動のつながりが、徐々に東北アジアに浸透しつつある。沖縄の位置づけは難しいが重要なインパクトをもっている。沖縄の人びとの多くは沖縄が日中の懸け橋になることを望んでいるという。
第5章では、最近の政府の動向からその問題性を指摘し今後の在り方を提言している。政権側の集団的自衛権の容認の動きを進めてきたメインエンジンとしての安保法制懇と政府の基本的方向性との経過をたどり、その全貌と特質を解明している。第一次安倍政権の時発足した安保法制懇ではあるが、着々と政権の意図のもと論議を進めてきたが、最新報告の直後に政府によって、思いもよらぬ「つまみ食い」をされてしまったという。つまり、「全面的集団的自衛権容認」に向けて進んできた法制懇が、お膳立てをしたや先に、安倍晋三が「政治的判断で」「限定的集団自衛権」という彼流の造語を発してしまったというのだ。これには法制懇のメンバーも驚いたかも知れない。しかし、「限定的」という造語も正に「安倍晋三流」であり、いつものことで「言葉あって実態なし」なのだ。ということは「限定的」とは単なる意味のない「修飾語」であり、その内容を検討してゆくと限りなく「全面的集団的自衛権容認」と同義なのだ。
そもそも法制懇の描く集団的自衛権論には「憲法の根本原則」から大きく外れているのだ。「立憲主義」という言葉一つとっても時代錯誤の一方的な解釈をしている。「王権が絶対権力を持っていたころの主流の考え」と言ったのはだれだったろうか。正に「王権」を目指しているといっても過言ではなかろう。さらに、平和的生存権と生命・幸福追求権軍事力正当化の根拠にするなど言語同断であり、国民主権から軍事力の正当性を弁償しようなどとは、転倒した論理であり、安全保障の側面のみいたずらに強調された、歪んだ論理構成と言わざるを得ない。
今年7月1日の閣議決定は、60年以上守ってきた憲法の歴史を一内閣の判断で、180度逆向きに覆すもので言語同断である。「集団的自衛権は憲法が許さない」とされてきた今までの歴代政権の積み重ねが「一内閣」の独断で一挙に覆されたのである。この「歴史的暴挙」の先には、さらに「自衛隊法改正」(改悪)
が待ち構えている。これからが「本番」と筆者は新たな覚悟を呼びかけている。従来の自衛隊からの決定的変貌がすぐそこまで近づいている。2015年通常国会には、さまざまな法改定が一括提案されるだろう。
筆者は言う。大いに学び、「読者こそ話題の主」になってくださいと。
[PR]
by tomcorder | 2014-10-22 16:30 | 日記
a0292328_2229895.jpg

「CIA秘録 上下」<その誕生から今日まで> -Tim Weiner(ニューヨークタイムズ記者)著ー
                                       2008年11月15日刊
著者テイムワイナーは1956年生まれのニューヨークタイムズ記者。「フイラデルフイア・インクワイアラー」在籍中に調査報道記者として国防総省、CIAの秘密予算を明るみに出し、88年ピューリッツアー賞を受賞した。94年にはCIAの自民党に対する秘密献金の存在をすっぱ抜き、日本の新聞全紙が後追いをした。本書「Legacy of Ashes」は全世界27国で刊行されている。
日本では「CIA」と言う語もつイメージには特別のものがあるように感ずる。戦後から現在に至る「日本の政界や裏社会に、秘密里に存在した闇の行動組織」というような、実像が見えない不気味な特務機関として、恐れと疑惑の対象として語られてきたように思える。
 本書は米国の秘密諜報機関であるCIAの成立から現状までを、膨大な資料にもとずいて、克明に解明解説したものである。日本国内では「推論」のレベルを脱しきれなかった事件、事象について具体的な事例や発言・文書に由来する客観性の高い論考によって、赤裸々にこの組織の「実像」を描き出している。その中には正に「ショッキング」な事例もあり、驚くべき証言や解説も少なくない。例えば、「ケネデイ暗殺事件」の背景にあった諸事実の「謎解き」をする中で、はじめケネデイ兄弟が「カストロ暗殺計画に」容認許可を出していたという証言が書かれている。しかもそのために「マフイアの手を借り作戦を実行することを認可していた」という説明まで痛烈に述べられている。筆者に言わせれば「カストロ暗殺計画に失敗し、逆にカストロによって先に消された」との見方が強い、というのだ。日本のマスコミ界では聞かれなかった様な驚くべき説である。本著の中で各所、各事件で語られているように、世界各地の紛争、政変に関わってCIAはありとあらゆる暗殺、スパイ、クーデター誘導、武器、金銭投与等の秘密作戦に関わってきた。そして意外というか、驚くべきことに、莫大な米国の予算を投入し、多数の人材が投入されたにもかかわらず、成功した事例に比べ、失敗した事件が圧倒的に多かった、というのである。ある意味、日本は「数少ない成功例」の典型かもしれない。戦後の保守政権の中枢に圧倒的な金銭援助をし、自民党にも多額の支援を続けたことは周知のことである。日本の政治バランスや世論を「右寄り」に修正するために様々な工作を仕掛けてきたことは間違いない。
そう言った事実を客観的に知り得た段階でも、自助能力を失い今も米国主導で迷走しているとしたら、日本の政界は世界にまれな「植民地支配」続く国と言わざるを得ない。
今現在も「世界の警察」たる米国の威厳をかけて、「難しい選択」が迫られている。米国の諜報活動の中心に位置するのはどんな組織でどんな活動をするのであろうか。世界中からチエックを受ける米国の進む方向はどちらを向いているのだろうか。
a0292328_2229599.jpg

[PR]
by tomcorder | 2014-09-18 22:30 | 日記


a0292328_1619573.jpg

 「誰も知らなかった小さな町の原子力戦争」  田島裕起(やすおき)
                            2008年3月刊
本書のタイトルを見たとき、「反原発を貫いた自治体のドキュメントか」とかってに決めつけてしまった。数ページ進んだとき、はっきりと自分の「早とちり」に気が付いた。
本著は福島第一原発事故の発生する約3年前に刊行された。今から数えればおよそ6年半前になる。今もしこの本の著者にインタビューしたとしたら、どんな言葉が返ってくるだろうか?おそらく本著で何度も力説しているような内容は、とてもではないが2度と言葉にできないんではないだろうか。それくらい福島第一原発事故の衝撃は計り知れないものがあった。
本書の著者田島裕起氏はかつて、高知県東洋町の町長であった。その前は26年間東洋町の議会の共産党所属の議員を務めていた。町長選に立候補を決めたとき党を離れ、「無所属」で町長選に挑むことにしたと本人は説明している。共産党の議員であったことも関連して、かつては「反核」の運動もしていたという。それが町長に当選してからは、「核兵器は反対、しかし原発等の平和利用は推進」という立場に変わったという。そして3期目の2007年の初頭、町の財政と未来への展望を期すという理由により、「高レベル放射性廃棄物の最終処分施設の設置可能性を調査する区域」への応募を「町長の個人判断」で決めたのだ。もちろん「調査段階でも」町へは莫大な交付金が支給される。しかも後から「やめてもいい」「交付金は返さなくてもいい」という都合のいい言い訳で、町を導こうとしたのだ。当然のことながら、議会をはじめ町全体を揺るがす大議論が始まった。
「放射性廃棄物」という極めて毒性の強い代物に対し、いくら「町おこし」になるとはいえ、とてつもない危険性を巻き込む可能性もある施設の建設を「独断で」進めようとしていると訴え、町長に対し大「反対運動」が巻き起こった。著者はその運動に対し「過激な反核派」との文言で、極めて感情的排他的な決めつけ方をしているが、現在の世論から考えれば、反対派の理論の方がはるかに理に適っており、冷静な判断だったと言わざるを得ない。著者は切々と、東洋町のビジョンを熱く語り、将来を託す幼き町民への愛情を表現しており、その言葉にはそれなりの熱意が感じられるかも知れない。しかし、筋道だって冷静に考えれば、多くの危険性と立場立場の「欲」で固められており、とても将来延々と続く命に対し決して誠意ある対応とは言えないだろう。言葉は荒いことを承知していえば、結局は「金が欲しい」だけの話なのだ。昨今、I環境相の失言が大分話題になったが、正にその類の価値観がくりかえし述べられていて、「よだれたらたら」の話と聞こえる。
 原発誘致問題で何度も指摘されたように、「札束で人を動かす」国のエネルギー政策の貪欲さがここにも明白に表れている。福島事故の経験から国民の多くは、「金で買えないことの大切さ」を学んだはずである。現に3.11以前に、原発誘致に反対し、力強く、我慢強く、原発建設を阻んできた地域、自治体も全国には少なくないのだ。
筆者が教科書の記載に絡めて、次のように言っている。「マスメディアに流されてはいけない。世論操作が行われることがある。・・・・国民はメデイアの情報を鵜呑みにするのでなく・・・きちんと判断することが大切である。」とこともあろうに、扶桑社の「中学社旗新改訂公民教科書」の表現を借りて力説している。
 失礼かもしれないがこれには私も「笑ってしまった」言っていることはごもっとも、その通り。しかし、そのことを最も必要としているのは筆者自身ではないか。政府、及び「原子力ムラ」に取り込まれ。自分自身が「洗脳されてしまった」ことに気が付かない人物が、自治体の長にあるとしたら。これは喜劇というよりは悲劇だ。今後とも悲劇の起こることのないことを心より祈りたい。
[PR]
by tomcorder | 2014-08-02 16:20 | 日記
a0292328_16572160.jpg

「カナダはなぜイラク戦争に参戦しなかったのか」 吉田健正著  2005年7月刊

 元カナダ首相クレテイエン氏は言った。「世界の貧しい国々と民衆が彼らに対する強大国の扱いに対し大きな憤慨を抱いている。他者に屈辱感を与えるほど権力を振るってはいけない。・・・・西欧世界は傲慢で自己満足しており、貪欲でしかも限度を知らない。」あるいは「サダムフセインがすばらしい民主主義者だとは思わない。別の指導者がいたらいいと思う。しかし、それは世界の他の多くの指導者についても言えることだろう。(大量破壊兵器を所有している国が多数あり、そのすべての国を攻撃することはできない。)」
正に当を得た発言と言わざるを得ない。国連での決議を取れずにブッシュ率いるアメリカは単独でイラク攻撃を決行した。欧米を中心とした同盟国に呼びかけ、連動して対イラク戦争に加担するように執拗に圧力をかけた。当然わが日本国にも踏絵を踏ませるように厳しい圧力が加わった。そして時の政権担当者小泉純一郎総理は、「ブッシュが大量破壊兵器は必ずある言っているんだからあるのだろう」「非戦闘地域がどこかなんて私にわかるわけない」などと言って、もろ手を上げてアメリカ支持を宣言し、非戦闘部門に限定し自衛隊の海外派遣を決行した。これは「日米は特別な関係にあり、信頼関係を保つためにも必要な選択だった。」というのが日本政府の大義名分である。しかし、米国と「特別な関係」にある国は日本以外にもある。英国、カナダ、オーストラリア、韓国、メキシコ・・・・等があげられるが、これらの国はあの時、全ての国がアメリカに同調したのだったろうか?・・・
答えは「No」だ。米国と国境を接している、切実に「特別な関係」にあるカナダとメキシコはアメリカの要請を拒絶し、イラク戦争不参加の立場を貫いたのだ。
 カナダもメキシコも軍事的には決して大国とは言えないだろう。カナダの軍事費は日本と比較してもずっと少ない。つまり同盟国たる米国に安全保障の依存度が高いといえる。それなのに、米国の失望を覚悟の上で、参戦拒否を時の政権は選択したのだ。それには、確固たる国の基本方針である、国連中心・国際協調主義が国是として存在しており、いくら隣の超大国の要望といえども、毅然たる態度で主張を通したのだ。国連のアナン事務総長は2004年9月16日、BBCのインタビューに答えて言った。「イラク戦争は国連憲章上違憲だった。」
 当時、国土の面積がロシアに次いで世界2位のカナダは、GDPは米国の10分の1、軍事は40分の1だった。そのカナダがとった立場とは、
①国連の支持を得ていない
②大量破壊兵器存在の証拠がない
③国際法上「先制攻撃」に正当性がない
が主な主張だった。今にして思えば極めて理にかなった判断と言える。
勿論、米国の失望を招いたことは否めないが、米国からの「報復」は特に大きなものはなかった。それどころか、ロジャー・F・ノリエガ米国務省次官の言葉を借りれば「緊密で、永続的な関係。時には意見を異にするが、・・・全体的な関係は建設的で協力的で緊密だ」と述べられている。「米・加は相互に依存しあったいる。制裁などありえない。」ということの弁明であろうか。
カナダの「国際協調主義」は国連安保理を強力に支持しており、日本政府が最近やっきとなって変えようとしている、「集団的自衛権」(2国間主義)とは似て非なるものである。
作者は、強く主張する。「米国政府の判断よりカナダ政府の判断の方が正当性があったことは明白だろう。」「米国は富と自由の憧れの的からまるで<鬼の形相をした恐れられる国>と変貌した。」正に「鬼の形相をして」オスプレイが日本各地に往来している現実だ。
それにしても我が国の、余りにも価値観の違う政権の姿勢はどうだろう。世界の中でも「突出した対米追従主義」の国と映っているにちがいない。クレティエン首相の言う「独立した主権国家として、我々は時に意見が合わなくてもよき友人でいられる」という言葉が安倍首相の耳にはどう聞こえているのだろうか?
 
[PR]
by tomcorder | 2014-08-01 16:58 | 日記
a0292328_22402686.jpg

「ウィキリークスでここまで分かった世界の裏情勢」 <機密暴露の衝撃と舞台裏>                      宮崎正弘著   2011年2月刊

2011年の2月、3.11のちょうど1か月前に発刊された、ウィキリークスを通しての世界の情報事情の解説と日本の政治状況への痛烈な風刺。筆者の言葉より引用すれば・・・
「ウィキリークス事件は21世紀型情報戦争の幕開けを告げた。機密の暴露は政治の閉塞を突破し、偽善を同時に暴く機能を持ったが、これからの外交の機密の在り方を大きく変えるだろう。それがより安定をもたらすか、あるいは不安の方が多いか?ともかく<情報とは何か><情報戦略とはいかなるものか>の本質的な再考を迫ったのがウィキリークス事件である。」・・・・
確かにウィキリークスが世界に投げかけた衝撃は計り知れない。しかし膨大な情報の中身は
玉石混交の状態で、最高レベルの国家的秘密情報もあるがその割合は多くはない。逆にスキャンダルまがいのゴシップ的情報も膨大な量が流出した。まさに週刊誌レベルの話題も多い。従って、ウィキリークスのもたらした影響は功罪両面が指摘される。すべてが前向きな情報とは限らないし、立場によっては身の危険に曝される人種もあるという厳しい側面もある。
全てが肯定的とは言えないが、IT時代の到来はこれまで触れられることのできなかった機密事項も、決して永久保存はできない状況になってきたことを知らしめした。
 作者はそのことを具体的に示し、名言している。それはいかなる政治体制化にある国家においても、大差はない。そんな中、我が日本は「肥満した負け犬」「長期ビジョンを欠落した指導者」とのコメントが飛び交った。又米国の情報筋によれば、「日本は大した機密が存在しない」とも評されている。何とも情けない言葉」とも受け取れるが、最近は「秘密保護法」などが法制化され必ずしも我が国の方向性は好ましい方向に進んでいるようには見えない。その点作者の視点は、かなり特定方向に傾斜しているように感じられるし、きな臭い歴史観が見え隠れしている。情報戦が新たな戦争の火種にならぬよう、庶民は目を光らせなければならない。ウィキリークスのもたらした衝撃を、生かすも殺すも市民の姿勢にかかっているのではないだろうか。
[PR]
by tomcorder | 2014-07-31 22:41 | 日記
a0292328_1042321.jpg


  「こうしてテレビは始まった」    有馬哲夫著  2013年 12月刊

「戦後GHQは外国企業が日本でビジネスや会社を興そうと申請しても、なかなか許可を出さなかった。(外国企業から守ろうとしていた)ただし、例外として、通信社・雑誌社・映画会社・広告会社・等は認めていた。」このことは「対日心理作戦」に一役買っていたと認められる。(筆者弁)
 戦後の混乱期を過ぎ、日本経済が徐々に成長の兆しを見せ始めたころ、「日本にテレビ放送の実現」を考えていた人びとの存在があった。その始まりは米国の対日政策の一環の上にあり、商業的、経済的意図と米国の安全保障政策との両面からプラン作りが始まった。
ことの始まりは米国における「ラジオの父」と称されるリードウ・フォーレストがラジオ、トーキー映画の実用化からの関連で日本の皆川芳造を通して、テレビ放送の実現を図ろうとしたことであると筆者は語る。当初GHQは日本放送協会を民主化し、NHKを中心にテレビ放送を実現しようとする考えであったが、途中からNHKの姿勢に政治的な危険性を感じ、方針を変えNHKから左翼的要素を排除するようになった。そしてNHKを巧みに利用しつつ、NHKに対抗する勢力として民放の存在を高めることを考えていた。
GHQ内の覇権争いや米国内の政治的な曲折から日米の利害をつなぐ交渉人として、GHQに通じていた柴田秀利が精力的に米国で活動し、結果としてその後の日本のテレビ放送開始への中心的人物、正力松太郎が表舞台に登場することとなる。正力は読売新聞や政治的背景をバックにして次々と計画を実現し、最初の民法テレビ「日本テレビ」を開局した。アメリカの意志を感じとり巧みに動き、アメリカの支援を利用し多くのアメリカ版放送を国内に流し、自己の商業的・政治的成功と共に、アメリカの対日情報政策に寄与した。しかしながら、正力はその政治的野心が災いして、やがては「主人公」の座から引きずり降ろされた。「押しのけた人間が押しのけられた」(筆者言)
そもそも日本へのテレビ放送の導入は、最初から「反共の手段」としての動機からであり、「マイクロ波構想」もアメリカの軍事戦略上の必要性から浮かび上がったものであった。又テレビ放送で流される番組もVOA(Voice Of America)の内容をそのまま流そうとする目論見であった。実際に、米国の意図はそのまま実現されたわけではないが、「効果」の面からは十分にアメリカは意図した通りの結果をもたらすことができた。テレビを通し莫大な量の「アメリカ的文化」が日本の家庭に充満し、「アメリカ的物の考え」「アメリカ的価値観」が日本を変容させて行った。
勿論、日本人が享受したものも大きかっただろう。家庭での団らんを明るくし、娯楽を楽しむゆとりを与え、様々な情報の拡大を実現した。報道的な番組でも日本中に即座に生々しい映像を届けることが可能になった。
 しかし、時代が進む中で、テレビ放送の持つ負の側面、「魔力性」にも目を向けねばならない。3.11以降明らかになったように、テレビの持つ「故意の情報操作性」や「洗脳効果」に気が付かねばならないのが現代の状況だ。テレビ導入期に画された「アメリカの意図」が今現在も「電磁波を放っている」ことを忘れてはいけない。きしくも、テレビから「原発」に目を向けた正力の辿った道は、結果的に「福島第一原発事故」に通じてしまった。事故を起こすために始めたことではないが、様々な「政治的圧力」により目的を貫徹するという手法は、テレビ導入のそれと極めて同質と思える。
「日本テレビ」という名称が何故かブラックジョークに聞こえてくる。
[PR]
by tomcorder | 2014-07-30 10:44 | 日記
a0292328_17365157.jpg

  「赤紙と徴兵」 <105歳最後の兵事係の証言から>    吉田敏浩著 2011年8月15日刊
 「滋賀県長浜市の浅井歴史民族資料館の一室に古びた書類の山がある。旧東浅井郡大郷村役場で兵事係をしていた西村仁平さんが戦後60年余り自宅に保管していた兵事書類である。」・・・本書の書き出しはこの一節より始まる。「兵事係」とはかつて、戦前・戦中に全国の市町村役場で、徴兵検査や召集令状の交付、出兵兵士の見送り、武運長久祈願祭の開催、戦地への慰問袋のとりまとめ、戦死の告知、戦死者の公葬、出征軍人の家族や遺族の援護など、・・・兵事に関する膨大な業務を担っていた公職である。今風に言うなら「戦争関連よろず請け合い事務処理官」とでもなるだろうか。その兵事に関わる諸書類が兵事書類である。(筆者説明)実はこの書類は、1945年8月15日以後、すなわち敗戦の日を過ぎて、軍の命令により焼却廃棄することになっていたのである。焼却命令が何時に出て、どんな目的だったかは正確には覚えていないと言うが、とにかく西村氏は自分が関わった書類は多くの若者の生死をも分けた、家族や関係者にとっては本人を含め人生を大きく左右した、経緯を物語る足跡であり、どうしても「なかったこと」には出来なかったのだ。そうしているうちに60年以上が経過し、「戦争は悲しみだけが残る。2度としてはいけない」との思いがわき上がり、自分の残した兵事書類が「戦争がどんなものかを知るための証になれば」と思い公開することになったのだという。
西村氏の書類が表す「戦争の記録」は極めて多方面に渡っている。招集される兵の種類とか、その人選もための準備、調査にはじまり、徴兵検査や招集の遂行、家族の援助や状態の観察、訃報の伝達や遺族の援助、等々実に多岐に渡る業務であった。勿論仕事が仕事だっただけに、いかに誠意を持って対応しても、冷たい視線に曝されたことも感じていたという。いくら「赤紙を書く仕事は関係なく渡す役だけだった」とは言っても、大事な息子を、奪われた親や家族からどう思われていたかは痛いほど解っていたのだ。
西村さんは言った。「戦争が終わり兵事係がなくなって、ほっとしたなぁ・・」
「兵事書類について沈黙を通しながら、独り戦没者名簿を綴った西村さんの戦後は死者たちと共にあったといえる」(筆者弁)
昨今、集団的自衛権の容認等が政府ペースで進められ、「徴兵制」の懸念がにわかに高まっていると危惧する識者は多い。今後西村さんが経験したような「仕事
」やポストが再登場することのないようにすることが、筆者や西村氏が本書を世に出した最大の動機であることは明らかであろう。
a0292328_17345931.jpg

[PR]
by tomcorder | 2014-07-09 17:37 | 日記
a0292328_0175726.jpg

  「死の淵を見た男」   <吉田昌朗と福島第一原発の500日>   門田隆将
                                    2012年12月刊
本著は福島第一原発事故の現場を吉田昌郎所長(当時)を中心とした、関係職員の立場から再現したドキュメントであり、正に直面する危機に体を張って挑んだ人たちの物語である。彼らが体験し、考え、苦しみ、勇気をもって戦った事実の経過を作者がインタビューした内容を再構成し、まとめ綴ったものである。マスコミの報道の中身から、大まかな事故の経過は多くの国民の知っているところではあるが、改めてそこに生死をかけて、一瞬一瞬の行動に全力を注いだ生身の人間がいたことは、当然のこととはいえ読むものの心を大きく揺さぶるものがある。
 筆者が冒頭で語っている通り、本書は原発の是非を論ずる書ではない。従って原発を推進する立場も、批判する立場も一言も表現されていない。ただただ、「起きてしまった事故」に対し置かれた立場や職務に対する使命感や責任感から、一個の人間の能力を超越するほどの、凄まじい「格闘」の姿が鋭く描写されている。有無を言わさぬ緊急事態の中で、文字通り一国の存続に関わる重圧を、それぞれの人間の肩に負い、逃げることなく戦った男たち(女たち)がいたことを私たちは忘れてはいけない。
 福島第一原発は現在も収束のめどははっきり見えず、今もそしてこれからも、難問難題が延々と続くだろう。いつになったら、危機を脱したといえるのか誰にもわからない。それでもあの日本列島分断の国家的危機を最悪のシナリオまで展開させずに済んだのは、多くの関係者の必死の取り組みがあったからに他ならない。
今現在事故の被害がどの程度になるかは確定的ではないし、廃炉や現地の安定状態への回復がいつになるかはわからない。ふるさとを奪われ、平穏な生活そのものを奪われた人々はいつになったら安寧な日々がもどってくるかもわからない。本書に登場した人々は全身全霊で対応し極限的な努力をしたことであろう。しかし事故は収束できず多数の被害者が続出し現在に至っている。今も現場では自分の健康を秤にかけ汗を流している人たちがいる。相反する二つの人間模様を前にして、やはり「小説を味わう」わけにはいかないのだと思う。「本の中で終わる話」ならそれは美しい。どんなに「敬意」を払おうとも、「結果」は無視できない。もとに戻ってしまうが、やはりこれは「原因を論じる」ことを逃れることはできない問題だと思う。どんなに「美しき人々」が登場したとしても全ての根源たる「悪魔」の「息の根」を止めない限り、このドラマは完結しないと思う。
 
a0292328_0184987.jpg

[PR]
by tomcorder | 2014-07-09 00:18 | 日記