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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

カテゴリ:自然( 1 )


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  「慰安婦」と出会った女子大生たち  神戸女学院大学石川康弘ゼミナール
                                                         2006年2月刊
今年は「慰安婦」「従軍慰安婦」という言葉が日本中を飛び交った。きっかけは維新の会の橋下徹氏の問題発言からだった。要旨は、<「慰安婦」(外国の表現では性的奴隷)制度は戦時には多くの国で行われた事実があり、日本だけが非難されるべきものではない >というものだった。あたかも客観性をもった発言のような言い分に聞こえるが、本著の監修にあたった、石川教授に言わせれば、軍が認めて強制レイプを実行した国など特異な例で、多くの国では軍律でレイプは厳禁していたのが世界の通例だと言う。橋本氏の論理からは、戦時には「女性は犠牲になっても仕方ない」との価値観が透けて見える。いかに巧みに論じても、被害にあった立場の人々や大多数の女性の心に了解の答えを見つけることは不可能であろう。この本の出版のきっかけになった、神戸女学院大学石川ゼミナールの学生及び石川康弘教授は、ゼミのテーマに「慰安婦」問題を設定し、綿密な計画と地道な学習を積み重ねていった。その過程で一人ひとりの学生が、主体性をもって課題に取り組む体質へ変容していった。そして研鑽の結果を本物の体験として具現化するべく、韓国への研修視察の旅を実行し、元従軍慰安婦の施設「ナヌムの家」での元慰安婦との対面、共同体験を実践する至った。この企画を実践するにあたっては、両国のスタッフにとって決して低くないハードルがあったに違いない。しかし、そのハードルを乗り越え、「真正面」から取り組んだ学生たち、指導者及びスタッフの「勇気」に心から拍手を送りたい。被害者たる当事者と世代も違い人生経験も少ない学生達が、初対面で会話するなど、どれほどの「不安」や「重荷」を背負っていたことだろう。学生はもちろん指導者の心も大きく揺れ動いていたと想像される。決してきれいごとで済まされることもあり得ないし、どんな展望が開けるのかも分からない。しかし、このゼミの集団は確実に慰安婦問題に「一歩」を踏み出した。それはある意味「政治家」」の行動より意味のある一歩かもしれない。慰安婦問題は「政治上の問題」ではあるが、それは政治家に任せれば済む問題ではなく、一国民の視点から取り組まなければ、未来志向の方向へとは向かはない。この書籍に表された内容は2006年現在の内容であるが、今年不幸な方向へとこじらせてしまった両国の関係へ、一抹の光を投げかけてくれるような印象を受けた。日本人がこの問題を避けている限り、日本への理解は進展しない。この学生たちのように、謙虚な気持ちで過去の過ちを直視しなければ、被害を受けた人たちは浮かばれないし、日本が世界に受け入れられることもないのではないだろうか。
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by tomcorder | 2013-08-10 18:07 | 自然