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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

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  「封印された放射能の恐怖」<フクシマ事故で何人がガンになるのか>  クリス・バズビー/飯塚真紀子訳
                        2012年7月刊
 「クリス・バズビー」は1945年、英国生まれの化学物理学者。欧州放射線リスク委員会(ECRR)の科学事務局長。チェルノブイリ事故から環境問題を意識するようになり、「緑の党」に入党した。内部被曝についての研究を進め、1977年、旧ソ連の科学者と共に、ECRRを立ち上げた。それ以前からある世界基準である、国際放射線防御...委員会(ICRP)のあり方や、データに対し鋭い疑問を投げかけ、自らの資料を駆使した最新の考えに基ずく放射線の影響を予測し、世界に警告している。氏の主張によれば、基本的にICRPはそのよりどころを広島・長崎の「原爆」によるデータに頼っており、その歴史的経歴からして、外部被曝を中心に被害予想をしており、理論的にも旧式で、多くの問題点を抱えている、と主張している。フクシマ事故以降話題になることも増えてきた、「外部被曝と内部被曝の違い」を強調し、各種放射線の及ぼす影響を具体的に考察し、「生体」としての人間に適用して推論すれば、大雑把に言ってECRRモデルではICRPモデルの予想のおよそ300倍から1000倍の被害予想になると言う。このことはフクシマ事故に対する予想を大きく深刻化させるものであり、氏の言葉をそのまま借りれば、フクシマ事故による被害はチェルノブイリのそれの2倍以上になるという。チェルノブイリの被害の実態に対しても、現実は適格に報道されていないといっており、ECRRの予想が正しければ遥かに多くの被害者がでているはずであり、その影響は今後も長く続くという重い予測を述べている。さらに耳の痛いことに、フクシマの現状を日本政府ならびにマスコミ一般も正確に伝えておらず、その隠蔽体質はすでに「ソビエト的」であると批判している。すでに関東、東京圏も被害域に入っており、今後想像を絶する数の、ガンや心臓疾患、白血病、糖尿病、先天奇形等が発生する恐れがあると警告している。
 どれもこれも、聞きたくない話ばかりではあるが、データに基づいた研究の成果とあれば、無視するわけにはいかないし、一時も早く対策を実行に移さないと被害はさらに広がる恐れがある。我々は科学的筋道に基づき敏速な対策を政府や関係機関に要求し、被害を少しでも小さくするための手立てを多くの国民で進める必要があるし、一日も早く「原発離脱」を実現することが迫られている.
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by tomcorder | 2013-03-29 12:03 | 日記
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  「内部被曝」              矢ヶ﨑克馬 守田敏也
                                                            2012年3月 岩波ブックレットNo.832

 著者矢ヶ﨑克馬氏は1943年生まれ、沖縄県在住の理学博士、理琉球大学名誉教授。定年退職後「内部被曝」に関する講演会や原爆認定訴訟での証言等を続けている。一方の守田敏也氏は1959年生まれ京都市在住のフリーライターで、社会共通資本の研究や環境問題に関わる取材や各種プロジェクトに力を注いでいる。本書は守田氏の質問に矢ヶ﨑氏が答えるという形で構成されており、福島原発事故以後しばしば話題に上る、「内部被曝」について、そのメカニズムから詳しく説明し、放射線被曝に対するより正しい認識を呼びかけている。一言に「被曝」といっても、その原因と障害を起こす仕組みは、画一的ではなく。被曝の元たる放射線も何種類もある。それらは飛距離ヤエネルギー量が違っていて、何がどこの部分でどれくらいの量どれくらいの時間当たったかによって違ってくる。いわゆる「低線量」でも体内で直接的に継続して被曝する「内部被曝」は軽く見られる傾向もあったが、決して「心配ない」ということはなく、十分調査し障害の備える必要がある、としゅちょうしている。一般に福島原発事故後、政府のとってきた姿勢は一貫性や科学的根拠がかけており、被災者の立場にたった、人命尊重の基本理念にかけている、とも主張している。原始爆弾の登場以来始まった人工放射能による被曝の歴史をたどると、人類のたどってきた「闇」の部分が浮き上がってきて、軍事優先の国々の指導者がいかに「被曝の事実」を隠蔽しようとしてきたかが、明らかになる。そのような中で我が国での放射能被害に対する対策でもよく聞く「ICRP」という機関に対しても、その問題点を指摘しており、「内部被曝」に対しICRPは過少評価しすぎていると
避難している。筆者の言うとおりICRPの説く「経済的社会的要因」により「基準値」が定められると言う発想は、「政府や電力会社」の側に立った発想であり、人命を何より尊重するという理念が後退していると、言わざるを得ない。これに対し、ヨーロッパの基準とも言えるECRRの基準の方が内部被曝の危険性をより重視している基準といえそうだ。広島・長崎後原爆症の認定でも内部被曝は認知されるのは難しかった。しかし、世界が「核実験停止」に向かう1960年代末まで、日本の5~9才までの癌の死亡率は5年おきに確実に上がっていたし、最悪戦前の7倍まで増えていたのだ。このような客観事実からしても、たとえ空間線量は低レベルであっても、持続的に内部被曝することがもたらす影響は決して無視することができないのではないだろうか。今後報告される「福島以降」の事実がどんな結果になるのか恐れを感じないでいられるとしたら、「無神経」ではないだろうか。
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by tomcorder | 2013-03-26 10:29 | 日記
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  「正義という名の洗脳」                                苫米地英人       2012年7月刊

 もうすでに日本中に浸透してきた、「洗脳」シリーズの作者、認知学者の苫米地秀人氏の最近作。今回のキーワードは「正義」である。万人が認めたいような社会的共通概念に真っ向からメスを入れ、意表をつくような持論を展開してゆく過程は、いかにも彼らしいショッキンギな「キャッチフレーズ」の操り方で、読者の意識をダイナミックにひきつけること請け合いである。しかし、言葉は過激に聞...こえるかも知れないが、落ち着いて氏の主張を追ってゆくと、決して偏ったものの見方ではなく、歴史意的事実や客観的データに基づいた、「正論」かどうかは言い切れないまでも、十分説得力のある論理展開であることが分かる。
筆者は「正義」という概念が4つの「手段・戦略」によって「洗脳」されていると、持論を組み立てた。すなわち、法律・利権・教育・メディアの4分野である。確かに現代における正義、大義・・・儒教で言うところの「義」は氏の説くような手段、媒介によってコントロールあるいは評価、再分配が成されており、決して「聖人」の価値基準で系統化されるような内容ではない。決して絶対的なものでなく、その仕組みの源泉をたどれば極めて「如何わしい」要素さえ内包しているのである。そもそも絶対的「正義」が存在するとして行動するこことに無理があるのかもしれない。そして、現代において、だれがその「正義」を己の「武器」として見方にしようとしているのかということを、作者なりに分析した結果が、「世論」であり、「権力者」だということになる。しかしそれらは相対的であり、国の状態や時代で多様であるという。特に、日本の現在は絶対的な権力者というより、「世論」をアレンジする「メディア」に決定権があり、「メデイア」を制するものが結果的に正義を代弁し、結果的に権力を行使する存在となっているという。又メディアを裏で操ってきたのが、戦後の支配勢力ならびに外国資本の力だとも指摘している。自民党政権が再始動し外交新時代に足を踏み出そうとしている現在、我々は「洗脳」なき未来に通用する価値基準を見出すことができるだろうか?もっと見る
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by tomcorder | 2013-03-25 15:43 | 日記
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 「主権者は誰か」  ~原発事故から考える~ 日隅一雄
                           2012年4月刊岩浪ブックレットNo.830

作者日隅一雄氏は1963年生まれの新聞社、弁護士を経験したフリーライター。福島第一原発事故後の東京電力記者会見において、記者クラブ外の取材記者として、行動的に取材活動を行い、既成の取材体制に風穴を開かすべく、意欲的な活動を続けた。慣例的なぬるま湯的記者会見の空気の中で、主権者たる庶民、読者の目線から原子力ムラに代表される我が国のエネルギー政策、体制の問題点を指摘し、広い視点から原発をめぐる諸情勢の病状を伝え告発しようとした。同じく、旧報道体制の在り方に疑問を感じたジャーナリスト、報道スタッフとともに情熱的に活動を続けている最中、病魔に襲われ、昨年志半ばにして惜しまれつつ他界した。本作品を執筆したのもほんの数か月前ということになる。まさに執念のこもった原稿であったことであろう。淡々と語っているが、日本の原発を取り囲む体制の非合理性と、国民の権利が無視されている惨状を的確に指摘している。政権が変わり原発の将来像が危ぶまれいる現在、筆者が元気でいたらどんな主張を投げかけてくれただろうか。今も厳しく日々の情勢を見つめ提言しているに違いない。
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by tomcorder | 2013-03-23 22:28 | 日記
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  「今こそエネルギーシフト」                                 飯田哲也 鎌仲ひとみ 
              <原発と自然エネルギーと私達の暮らし>                             2011年、5月

岩波ブックレットのNo.810、201年の5月、福島第一原発事故後間もない時期の両氏の対談を取り上げ再編集したものである。エネルギー・環境・原子力の専門家とドキュメンタリー映画監督で環境、核問題と真っ向から取り組んでいる注目の二人が、原発事故後の日本のエネルギー事情を厳しく分析し、客観的事実の中から、日本の社会の閉塞性と世界の現実から取り残されつつある日本の...エネルギー政策の実態を、率直な言葉で綴っている。今まで日本のマスコミ陣がどのような姿勢で、原発やエネルギーの問題を取材・報道してきたかも、重ねて問題提起しているのだ。確かに、日本は先進国に比べ、エネルギー政策で遅れをとった。太陽光発電の世界においてトップクラスの実力を有していたのに、政策の失敗からドイツはじめヨーロッパの先進国に遅れをとってしまった。自然エネルギー全体でも出遅れてしまった。それというのも、原発に対する「異常なばかりの偏重」から、歪んだエネルギー政策を推し進めてきた「つけ」がまわってきたのだ。その結果が原発事故に集積さてたとも言える。しかし、これほどの、分岐点にさしかかっているのに、まだ国の舵取りをする連中は目が覚めていないのであろうか?自らの利権に足を奪われ、大きく国家の将来を見通すことのできないリーダー達に、舵をまかせているとしたら、その国民のレベルも低劣ということになってしまう。しかし、未来の子孫に罪はないのである。致命的な環境の汚染と避けがたい被爆の危険性を先送りすることは歴史的な犯罪行為せある。何としてもエネルギーの政策の転換をはかるべく、声を大にしたいのは筆者たちばかりではない。もっと見る
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by tomcorder | 2013-03-23 09:57 | 日記
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  「見えない恐怖」  <放射線内部被曝>     松井英介
                                          2011年6月刊
 タイトルの如く、「見えない恐怖」とは放射能の恐怖ということである。それも、「外部被曝なら、被害は比較的はっきりと視覚的にも確かめることが出来る。つまり目に見える要素が強い。しかし「内部被曝」となると「被曝したことを感じ取ること」が難しいし、その影響も時間をかけてじわりじわりと現れるので、気がつかないこともある。つまり「見えない」のである。本書は原爆や核実験、そして原発事故などによ...る放射能被害のうちでも、具体的被害の実態が個別に実証しにくい「内部被曝」に焦点をあてて、過去のの事例の解説や問題点などを指摘し、今後のあるべき姿を投げかけている。筆者は、放射線医学を専門とする医師であり、これまで環境問題や放射能問題にNPO等の活動を通して関わってきた。今回3,11の大震災時に発生した福島第一原発の事故に直面し、専門家の視点から、放射能被害の諸断面を詳しく解説し、過去の事例の中から具体的に説名するとと共に、被害の実態と、それを取り巻く諸々の社会的要素を、事実に基づき厳しく論評している。従来の一般的データを参考にしつつも、考え直すべき点については、鋭く問題点を指摘し、最新の知見からあるべき姿や見方を投げかけている。
 基本的には、原子力を利用し推進していく立場の論理ではなく、あくまで「被害者」の側の論理で解明してゆく姿勢を貫いている。そのための重要な視点が「内部被曝」に調査の重点を置き、被害の実態を解明してゆく必要性を説くことである。そのことを明らかにしてゆくことにより、原発事故等による被害の実態図が浮かびあがってくるのであり、ことの重大さが世間に見えてくるのではないだろうか。現在マスコミ等で論議されている被害の理解され方の中には、ややもするとICRP等の基準をもとにした被害の判断が一般化されようとする動きもあるようであるが、作者の言う通り、最新の知見、新しいデーターの示すところから考察してゆけば、違った見方も見えてくることもある。そのキーワードを一言で表現しているのが「内部被曝」ということなのである。
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by tomcorder | 2013-03-21 18:14 | 日記
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  「電力の社会史」     <何が東京電力を生んだか>
                            竹内敬二著  2013年2月刊
 著者竹内敬二氏は1952年生まれの朝日新聞編集委員。京都大学工学部出身で、環境・エネルギー・原子力・電力制度などを中心に取材、報道を続けてきた。本書は福島原発の過酷事故後2年が経過した現在、原発に対してどう考えていくべきか、又原発事故の総括をどのように分析し、今後の日本の電力未来図をどう描くべきかについて、克明な資料をもとに、落ち着いた視線で理性的に論考している。...最近の関連書籍の中では、信憑性の高い資料から、説得力のある解説ならびに主張を展開しており、論理の構成が大変しっかりしていると感じられた。感情的な表現に走ることなく、あくまでも具体的に、事実に即した説明をし、その上で問題点にスポットライトをあて、正すべきは大胆に指摘し批判している点は信頼がおける。特に世界の情勢や各国の辿ってきた道筋を客観的に分析比較し、歴史の流れの中で、我が国の電力政策を論じようとしている構成は大変分かりやすく、問題点を浮かび上がらせることに成功していると感じさせる。
 そういった流れのなかで、我が国の電力会社、電力行政の特質と課題がはっきりしてくる。発送電の分離や電力の自由化のモデル等についても、現実がよく見えてくる。ヨーロッパやアメリカに比べて我が国の電力事情がいかに特殊で、ある意味「遅れているか」よくわかる。そういう「お国事情」のなかで「東京電力」という「問題会社」が肥大化してきたかが見えてくる。重いメッセージを込めた作品と見えたがどれだけの読者の支持を広げられるだろうか。 
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by tomcorder | 2013-03-19 22:00 | 日記
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   「談志が死んだ」         立川談四楼      2012年12月刊

著者の立川談四楼は群馬県邑楽郡邑楽町出身の落語家、作家。本人の言うところに寄れば、「落語も出来る作家」というのがキャッチフレーズだ。確かに、書くことにある種の「自信」を感じさせる「文章」を綴る技術をもっている。しかしそれは文章がうまいのか、話術がうまいのか、あるいはその両方か、判別はつかない。言えるのは、筆者の持っている聞くもの、読むもの引きつけて話さない、「エンターテイナー」としての魅力が卓越していることだ。実は...一度筆者の講演を生で聞いたことがあるが、やはり「プロ中のプロ」であることは間違いない。聴衆を引きつけるのにはどうしたらよいか、を熟知し、巧みな話術で自分の世界に引き込む、正に噺家として一流であることをまざまざと見せつけられた経験がある。どの世界もそれなりの厳しさをもっていると思うが、「落語家」の世界もなかなか厳しい世界であることが、筆者の言葉、パホーマンスの一部始終に感じられる。本書は師匠たる「立川談志」のある種の「暴露本」的要素もあるが、普段知ることの出来ない、「落語界の裏話」を赤裸々に描いた「暴露本」とも言える。テレビの画面で見る「芸人の顔」の裏には、かくも血生臭い格闘があったのだ。噺家の演ずる表現の奥底には数々のドラマが秘められているとは知る由もなかった。
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by tomcorder | 2013-03-16 20:32 | 日記
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  「原発破局を阻止せよ!」   広瀬隆著 2011年8月刊                                     一貫して反原発の論陣を展開してきた筆者の2011年8月の著。福島原発事故が起きる4ヶ月前、広瀬氏は著書「原子炉時限爆弾」において、日本の地震構造の仕組みを考えた上で、「原発震災」の可能性の大きさを指摘し、その危険性を警告していた。特に過去のデータからして、恐らく最も危険性が高いと思われる「浜岡原発」は東海地震の可能性からして、即刻止めるべきだと警告していた。このような警告は何も広瀬氏の特殊な意見ではなく、神戸大学名誉教授、石橋克彦氏らが以前から主張していた予測でもあった。さらに、具体的に言えば、平成18年12月22日衆議院において、当時共産党議員吉井英勝氏によって、全電源喪失の原発事故の発生の可能性について、ほとんど福島原発事故の状態に近い事故の危険性があるのではないかと質問されていたのだ。その時の政権担当者は何と「安部晋三」氏だ。彼の署名で出された「答弁書」によれば、過去において日本では全電源喪失の事例はなく、スエーデンの事例とは原発の構造が違うので、我が国の原発に対しては同様の事態が発生するとは考えられない。・・・と答えたのである。そして福島事故は現実に発生した。現在、安部総理大臣の口から、この時の答弁との関係をどのように説明するのか、語られていない。まさしく、現政権担当者にも福島原発事故の責任のかなり重い部分があると言えるのだ。にも関わらず、民主党政権の判断とは違う「新たな原発政策」目差すといっている。全く「恥知らず、無反省な」政権と言わざるを得ない。事故後2年を経過した今、事故を起こした4つの原子炉は、未だ収束とは程遠い状態だし。何時になったら「廃炉」が終了するかも想定できないでいる。それまでに派生的事故の可能性も否定できない。また、放射能による、広範囲にわたる庶民への被害も心配され、長い年月を通し、深刻な影響が、いろいろな調査より指摘されており。誰も「責任」ある対応を保障することはできない。まだ2年。これからも延々と「原子力の代価」は続く。  
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by tomcorder | 2013-03-13 17:28 | 日記
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  「チェルノブイリの祈り」     スベトラーナ・アレクシェービッチ
                                松本妙子訳  1998年1月刊

 著者スベトラーナ・アレクシェービッチは1948年ウクライナ生まれのノンフィクション作家でありジャーナリスト。ベラルーシ大学ジャーナリズム学部卒業後新聞特派員や教師等を経験しながら、社会的話題性の高い評論やノンフィクション作品を世に発表した。当時のソビエトの社会情勢の中ではなかなか出版もままならぬ面があり、体制維持勢力からは、危険視されていた時期もあった。しかしゴルバチョフの登場とペレストロイカの進行とともに、徐々に社会的に認知されるようになり、いくつかの作品が後を追って出版されるようになった。本著は19997年に発表されたものであり、ヨーロッパの数カ国で出版され、いくつかの賞を受賞した。皮肉にも本国ベラルーシではその「独裁政治」のためか広く受け入れられているとは言いがたい。日本では1998年に松本妙子氏によって翻訳され出版されるにいたった。チエルノブイリ原発事故に遭遇し、人生を大きく揺さぶられた人々、自らの命を奪われ苦しみながら世を去った人々、愛する家族と悲劇的な別れを余儀なくされた人々、・・等々原発事故以来、政府や保守的な世間の理不尽な対応の中で懸命に生きようとするする、赤裸々な「庶民の真実」が「本人の声」として描かれ編集されている。社会の各層で活動していた幅広いな立場の人々にとっての、「チエルノブイリ」の爪痕が極めてリアルな言葉で、飾るところ無く綴られている。翻訳という作業を感じさせない被災者の吐き出すような痛切な言葉の数々が、読む人間の心を捕えて離さない。事故処理のために動員された作業員は社会的には「名誉ある行為」として讃えられた。しかし、具体的な扱いは極めて「非人道的」であり、放射線管理という観点からは、重く責任を追求されるべき経過が各人の記述から暴露されている。この作品は日本の福島事故にも共通する視点も投げかけており、我が国の原発事故の現実にも鋭い問題を提起している。
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by tomcorder | 2013-03-07 21:28 | 日記