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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

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   「内部被爆からいのちを守る」  ACSIR 市民と科学者の内部被爆問題研究会     2012年2月刊

放射性物質により被害は大別すれば、外部被曝と外部被曝とに分けて考えられる。一般的に考えられている被害は、外部被曝に重点が置かれていて、広島・長崎の被爆者の被害に関しても、長らく内部被爆は認められないでいた。放射能被害の基準として広くより所とされていたICRPの評価基準によっても、内部被曝は無視あるいは低く評価されてきた。しかし時代が進み、ECRRの判断基準によれば、内部被曝の影響は従来の評価よりずっと重いものがあり、ICRRの判断基準では放射能被害の実態を正しく把握しきれないという。
 現代では放射線が生命体に影響するメカニズムがかなり究明されてきており、単純な線量の比較ではかたづけられない、放射線の種類や被曝の仕方によって複雑であるということが分かってきている。残念なことではあるが、被曝の評価の基準にも核に対する姿勢のちがい、核兵器を使用する、保持する側の論理で構成したか否かが、結果に出ていると判断せざるを得ないというのが、事実であると考えられる。そうでなければ、第五福竜丸の乗組員だった漁師たちが次々に病死していったことが、被曝と関係なかったなどと言えるはずはないのである。アメリカ政府の言い分は余りに一方的で、しろうとが考えても科学的とは言えない。
本書はこれまで十分な評価をされて来なかった「内部被爆」の実態を「科学的に」解明すると同時に、広く社会に「内部被曝の被害」を認知させ、新しい運動体として、福島以降懸念される人々の放射能被害から命を守るために立ち上がった「報告書」である。
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by tomcorder | 2013-04-28 22:08 | 日記
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  「アフガン帰還兵の証言」   スベトナーナ・アレクシェービッチ<三浦みどり訳>
                                1995年10月刊
作者は1948年ウクライナ共和国生まれのノンフィクシオン作家。ベラルーシ大学のジャーナリズム科を卒業後、問題作を発表し様々な反響を呼んだ人物である。戦争、原発事故、といった重いテーマに正面から取り組み、ジャーナリストの原点に立った、真摯な取材活動を続け、既成の価値観を揺るがすような、ショッキングなまでの報道表現により活動を続けた。その影響は、かつてのソビエトでは稀な現象であり、作者も予期し得なかったような反応を巻き起こし、取材対象者の一部から訴訟を提起されるような現象まで波及してしまった。対象にした問題そのものの持つ深刻さ、異常さから、ある意味では「予測のつかなかったシナリオ」であったかもしれない。しかし、だれも正解を探すことのできない、国家の不条理、歴史の闇に挑んだ結果だったとも言えるかもしれない。べトナム戦争を経験したアメリカ、アフガンの戦争で泥沼にはまったソ連。大国と言われる国が犯した過ちは、戦闘の舞台となった国々に取り返しのつかない被害と後遺症を残したばかりでなく、自国の兵士達をはじめ決して癒されない深い傷跡を代償として引き受けることになった。正に真の「戦争の勝者」など存在しない所以だろう。容易に語れない真実、闇は深い。
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by tomcorder | 2013-04-21 20:11 | 日記
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  「ヒバクシャ・イン・USA」       春名幹男
                              1985年7月刊
 「日本は唯一の被爆国である」と日本人は思っているかも知れない。しかし1980年代の初めに発表されたニューヨークタイムズの記事より、その思い込みが事実でないことが、はっきりしたのである。確かに日本は世界で唯一原子爆弾を「兵器」として投下され被爆した国である。しかし、原爆が爆発したのは日本だけではなかった。アメリカは自国の領土内で何度となく、核兵器を爆発させ、兵士、作業員、近隣従民を多数被爆させていた。放射能の被害に苦しみ、命まで奪われたのは日本人だけではなかった。「殺戮のための爆弾の投下」こそなかったものの、様々な被曝の被害が報告され、多数の人々が命を落としたり、重い障害に苦しんでいたのだった。その被害に気づき、治療の保障や損害の賠償などを政府に求めても、認められることは極めて難しいことだった。広島・長崎のヒバクシャだけでなく、米国でも「ヒバクシャ」は数々の訴訟に訴えてた闘った。しかし、日本以上に被害を認めさせ保障を勝ち取ることは難しかった。米国の法律では「軍人は政府を訴えられない」ことになっているため、従軍中の活動に起因する被爆は認められにくく、被爆線量との因果関係の立証が難しいのが、壁になっている。しかし、低線量被曝に対しても新しい研究の成果も進んできたので、判断基準の見直しも叫ばれる時代になってきた。特に「内部被爆」の影響については新しい研究が進み、「広島・長崎の被爆放射線量の正しい解析が、加害国アメリカの各被害者救済のカギを握る」等と皮肉とも取れるような見解を述べる論者もいる。印象的なのは、本書巻末で元米国軍人で「原潜の父」とも呼ばれる人物の言葉だ。「原子力は放射線を生み出す限り価値はない。人類は滅亡し、頭の良い新しい生き物が地球に登場するだろう」という言葉を残しこの世を去った。
現代は、日・米に限らず、原子力に手を出した多くの国々が、多少の差こそあれヒバクシャの問題を抱えていると考えるべきである。世界中の「ヒバクシャ」の連帯と広く社会運動としての進展の中でこの問題が論じられる時代になってきた。
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by tomcorder | 2013-04-17 23:35 | 日記
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 「封印されたヒロシマ・ナガサキ」  高橋博子   
                                       2008年2月刊

広島・長崎への原爆投下から68年が経過した。本書は地球の歴史上初めて原子力を手にした人類が、どのような選択をし、どのような大義に基づき、核兵器を使用し、その結果どのような被害が生まれ、どんな道筋を辿ったか、精細な資料に基づき、冷静な視線で構成した日米の核を巡る戦後史再考へのアプローチである。巨大殺戮兵器を使った側と使われた側の辿った戦後の歴史を、史実に基づき鋭い切り口で投影している。例えば、終戦直後占領下での米国の情報収集と報道統制などからは、当時の米国の核戦略の考え方が露骨に出ていたし、放射線の影響に対し過少評価することによって自国の立場を正当化しようとしていた。日本もはじめは原爆に対し「特殊爆弾」という名称で呼んでいたが、徐々にその被害の甚大さに驚き、「非人道的兵器」という主張をするようになっていった。しかし、ビキニ被爆の事件を通して、結果的に米国の一方的な思惑の通りの外交決着が成され、交通事故の示談程度の扱いで、慰謝料で全てを解決という屈辱的な結論になり、日本政府も異議を唱えることはなかった。この姿勢は今現在の政府にも受け継がれ、TPP問題や、沖縄問題でも依然としてアメリカのコントロール下から抜け出せないでいる。
ヒロシマナガサキ以降現在でも米国の判断は基本的に「内部被爆」による被害を認めておらず、科学的に問題があると指摘されている。
被爆問題は決して日本固有の問題ではなく、米本国でも様々な犠牲者がでており、「プルトニウム人体実験」の衝撃的な事実まで判明している。
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by tomcorder | 2013-04-15 23:12 | 日記
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マンハッタン計画 「プルトニウム人体実験」 アルバカーキー・トリビューン編
                                  広瀬隆 訳・解説

 「マンハッタン計画」と聞くと、「核兵器製作のための巨大プロジェクト」というイメージで今まで見ていたが、実は大きく分けると二つの部門で構成されていた。すなわち、第一が「原爆開発班」であり世界的に著名な科学者が集められた。しかし第二の部門として「医学班」の存在も重要な役割を持っていた。すなわち放射能の危険性を研究した部隊であ...り、いわば「手段を選ばぬ方法」で秘密裏に人体実験を続けていたのである。一般にはまだ馴染みのなかった人類が地球上初めて生み出した、最悪の元素プルトニウムを、狡猾な手法で狙いをつけた患者に注射をし人体実験実施していたのである。ほとんどの患者に対しいわゆるインホームドコンセントなしに、「騙すように」猛毒プルトニウムが注射され、その結果として様々なサンプルが採取された。中には死後、墓を掘り起こしてまで、異常な執念で資料が集められた。プルトニウムを投与された患者の中には注射後まもなく命を落とすものもいた。また少数ではあるが、10年20年と生き延びた対象者もいた。個人差はあるが、少なくともプルトニウムの効力で寿命を延ばした人物は一人もいない。それどころか、プルトニウムのせいで寿命を縮めた患者がほとんどといったほうがよいだろう。この実験は非人道的であり、アメリカの国家的戦略として、あくまでも秘密厳守という形式で実行されたのである。おそらく個人の力では対抗しがたく、何が行われたのか知ることさえ困難な状況でことは進行した。しかし、国家権力が弱い個人を無視して強行した反人権的行為に対し、敢然と戦いを挑み、粘り強い取材活動から、ついに18名の実名を見つけ出し、誌面を通し世に問うたジャーナリストが存在した。その名はアイリーン・ウェルサム。後に「ピューリッツァ賞」を受賞した「勇気あるジャーナリスト」である。「プルトニウム」が有害な物質であるということは当時事実としては当然認識されていたはずである。つまり「承知の上」で注射による投与とその後の人体実験の結果が調査さされたのである。今から見ればショッキングなニュースだが、これはほとんど事実であり、「核開発」という国家事業がいかに悪魔的であるかを赤裸々に描いている。アメリカは恐ろしいことをやっていた。それまでしてまでも核開発を続けたかったのである。しかし、原子爆弾は製作しなくても、平和利用のもとに「原発」を進めることにおいても同じような考えが適用されると言ってもいいだろう。共通するのは「軍事目的」と「利権目的」である。わが国においても決して無関係な話ではなく、「プルトウムの直接投与」こそなくても、様々な利権がらみの力関係や、弱者にしわ寄せの来る被爆ダイナミックス等々、その権力構造はかなり類似性があるとはいえないだろうか。
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by tomcorder | 2013-04-05 23:40 | 日記
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 「隠された被曝」 矢ヶ崎克馬    2010年7月刊

福島第一原発事故前8ヶ月前の出版。作者は沖縄に在住の理学博士、琉球大学の元教授。広島・長崎の被爆、被爆の様々な資料をもとに、今までたどってきた放射能被害の実態や、被爆者認定のあり方や、被爆のメカニズムならびに障害発生に対する認識と評価を、厳しく検討し直し、その欠陥を痛烈に批難している。原子爆弾を世界で始めて使用し、今なお世界最大の核保有国であるアメリカが、その核戦略維持のために、日本の放射能被害の認定に対し誤った基準を強引に押し付...け、世界の放射能、放射線被害の考え方を歪めてきた事実を声高に攻撃している。その戦略は意図的であり、核兵器がもたらした想像を絶する被害を、作為的に隠蔽し矮小化するための戦略であり、詐欺的行為でさえあると訴えている。具体的には戦後の日本でのABCCでの調査活動、並びに後のRERFにおける、被爆者認定のあり方は非科学的であり、現代の知見からは到底容認されるべきではないと強く主張している。又アメリカの見方優先の考え方を受け継いでいるICRPの基準も内部被爆を基本的に認めておらず、その判断基準が根幹において時代遅れであり、被災者の実態を直視していないと、その姿勢を根本的に疑問視している。放射線の説明においてかなり専門的な記述もあり難解な部分もあるが、全体を通じて強調されていることは、外部被爆に比べ内部被爆は僅かな放射性降下物質を取り入れただけで、致命的な影響を受ける可能性があり、断じて過小評価できないということ。又世界の基準として考えられそうに進んできたICRP基準が実は大きな欠陥があり、世界の判断を間違った方向に誘導する働きをしてきたこと等が重要な点として指摘されている。
 そのような状況のなかで、2012年3月、福島第一原発で大事故が発生してしまった。広島・長崎、ビキニ、チエルノブイリと続いた被曝の恐怖は最早避けられない現実になった。客観的事実に目を向けできる対策を急がねば、被害は計り知れないほど広がるかも知れない。作者の指摘が過剰であるかどうかは今後の被害者のデータが答えを出してくれる。しかし、その時「初めて気がついた」のでは遅すぎる。
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by tomcorder | 2013-04-02 00:01 | 日記