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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

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  「2013年世界経済総崩れの都市になる」    高橋乗宣 浜矩子  2012年11月刊

今から約7か月前、野田政権末期に発刊の書。その時はなどという言葉もなく。円は1ドル80円前後であった。今の時点から見れば高かったのだが、政権交代により金融大緩和の政策も、筆者の予言が的中してか、ここへきて円高が進み、アベノミクスにも警報が鳴りだしたとの見方もでてきた。「恐慌」という言葉が行き交うようになって数年たっているが、筆者はここ数年世界経済の危機的状況を、事あるごとに著書等で主張してきた。作者の一人高橋乗宣氏は巷では「悲観の乗宣」という呼び名もあるそうだ。一方浜矩子氏も毎年のように1ドル50円時代がくると過激な警告を発し続けている。安倍政権が生まれた影響もあってか、今のところ浜氏の予想まではいたっていない。そのことを非難する発言も見られるが、最近の情勢からするとアベノミクスも1月前あたりから翳りを見せ、筆者の指摘する通り、総力戦で金融大緩和を行っても日銀の手元にリスク資産が残るのみで、デフレ脱却には有効とは到底思えない状況になっているとの見方が多い。
 必死に円安を呼び込もうとしてがむしゃらに突っ走る安倍政権。至近の情報では、かなりの禁じ手を使っているとの説もある。2013年も後半に入ろうとする時期に、果たして本著のタイトルがどれ程の現実となってくるか、目を離せない緊迫した情勢になってきた。そう遠くない時期に行く末が見えてくるにちがいない。恐るべき年にはなってほしくはないのだが・・・・。
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by tomcorder | 2013-06-19 23:20 | 日記
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  「通貨はこれからどうなるのか」    浜 矩子  2012年5月刊

「通貨」という視点から世界の経済の中心的な流れ、問題点、そして今後の展望と幅広い領域を独自の理論と切り口でまとめ上げている。本書の構成は5章からなり、時代への不安とあらゆる疑問を斬る、地域通貨という考え、ユーロのゆくえ、1ドル50円に向かう日米関係、日本の財政問題、の諸テーマにつき大胆に解説、論評している。他著でも述べている通り世界の基軸通貨としてポンド次にドルが権威を、ふるってきたが、ドルもその力が低下し最早アメリカは通貨で世界をリードすることはできなくなった。しかしそれに代わる基軸通貨として条件を満たしている通貨は存在しないという。確かに円も強くなったし、近い将来「元」がドルに代わる存在になるかもしれないという予測もあるが、氏の推論では中国も多くの問題点を抱えその予想には懐疑的であり、これからの世界は超越的な通貨が仕切る時代ではなかろうと想定しいる。また一時の熱気で舞い上がったユーロの夢も、根本的に基本条件を満たしておらず、見通しは極めて悲観的であるという。このような状況の中で、将来の通貨の在り方はかなり過去とは違ったものになるのではないかという予言をしている。たとえば第2章で扱った「地域通貨」という考えもしくは単一通貨制度に固執しないとい方向に進んでゆく可能性もあると指摘している。
 日本の財政問題は壊滅的な状態を露呈しているが、過去の夢物語にしがみつこうとしている限り、事態は改善されないというのが氏の持論のようで、ひたすら円安を求めるのではなく、円高という現実を前向きに認め、「成熟した」経済にふさわしい政策を志向すべきだと主張している。極論すれば1ドル50円でも揺るがない日本経済を覚悟するべきだと言い続けているが、反論する向きもある。現在の政権の目玉「アベノミクス」にも真っ向から対決姿勢を表明しているが、最新の状況からは筆者の予言も現実味を見せてきており、1ドル50円はともかくも、つぎ込んだ国費が見返りもなく泡と消え、一握りの勝ち組だけが甘い汁を吸い、のちに庶民に大きなつけが回ってくるという展開は絶対に避けてもらいたい。
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by tomcorder | 2013-06-18 22:57 | 日記

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  「財政恐慌」   浜矩子  2012年3月刊

2012年の3月現在、低迷を続ける日本経済はいよいよマイナスモードに入った。泥沼状態のユーロ圏も危機状態の連続である。そしてアメリカもかつての威厳は消え追い詰められたようにもがいて見える。巨大に成長した中国も、難問を抱え綱渡りの経済と内部矛盾に疲れ気味だ。アラブも不透明で先が読みにくい。世界はまるで光が見えてこない、どこにいて閉塞感が充満している。共通して見えるものは経済恐慌と金融の漏洩であると筆者は説く。
現在はどんぐりの背比べの時代で、経済の領域でのかつてのスーパースターは存在しないという。中国は成長し続けているが、まだ大人の顔をしていないらしい。このように不確定な時代、たよりになるのはヒト資本の比率であるという。
筆者の言葉を借りれば中国は大人になり切れず、日本は永遠の若さをあきらめきれないでいるという。もし両国が互いの手の内を認め合い、文字通り互恵関係を築ければ、案外気の合うパートナーになれるかもしれないという。それほど簡単ではないとは思うが、違う土俵で唾のかけっこをしている間は、互いの魅力に気づくことはむずかしいかもしれない。実はその陰で、どこかで薄笑いしている国があるのかもしれない。
いずれにしても我が国は大きな選択のミスをし、財政崩壊への道へと迷いこんでしまった。そして元いた場所に帰ることもできずに、20年とも30年ともいわれる、暗闇をすごしてきてしまった。「いつか又戻れる」と夢を追い、気が付いたらもうその体力はなくなっていた。つまり若者ではなくなったということらしい。成人なら成人らしく成熟した振る舞いを身に着けるべきなのに、なぜか昔流行ったフレーズで、「今さら」を繰り返し、どこからか笑いを取ろうとしているようである。なるほど、最近週刊誌までが浜氏の造語を使用するようになった。いよいよいよ正体がばれてきた最近の世相ではあるが・・・・。 
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by tomcorder | 2013-06-17 23:53 | 日記
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  「中国経済 あやうい本質」  浜矩子 2012年3月著

 筆者は中国経済を専門としてはいないという。従って本書が目指すところは詳細な中国経済の解説書ではなく、筆者の言い方で言えば中国の実態と特質を描き出すことによってグローバルな経済の現状と未来にせまろうとするのが、本書の試みであるということである。
 21世紀に入り十数年が経過した現在。GDPに関して言えば中国は世界第二位の国に成長した。何はともあれ、急激な成長である。作者のことばを借りれば猛烈な食欲を満たし短期間で成長した、未だ「大人」になっていない、「未成熟な国」ということになる。歴史もあり今や其の体格の巨大さにおいて、「超大国」のふるまいをせざるを得ない立場に身を置こうとしているが、その経済的な内実は、多くの問題点や時代交差的構造を抱えており、容易な展望を見つけ出すことは簡単ではないという。20世紀的課題と21世紀的な課題が混在しており、その共通解を求めることが極めて困難であると氏は語っている。
たとえば「中国は世界の工場」という言葉が定着したかのように世に流れているが、この言葉一つとっても浜矩子イディオムで表現すれば、「世界が中国を工場にした」ということになる。
なるほど、中国の生産力の巨大化は確かに自国の力がついてきた面もあるが、それを上回るほどの外資による生産力の拡大による成果といえる部分も大きい。made in chinaといった場合、本当にすべてが「中国製」と言えるのか、曖昧な一面もあり、中国という場を拠点にした「多国籍企業」のなせる業とも考えられるのである。
今後中国経済がどのような変容を遂げるかは世界の注目の的ではあるが、決して夢のような未来を約束されているわけではなく、むしろ未解決な問題や、複雑に絡み合う矛盾点で溢れているというのが現実のようである。重ねて、日本はこの「思春期」の難しいい時期に突入した国と「成長期を過ぎた、成熟期に入った国」として文字通り「互恵関係」を築きあうような関係を構築していかなければならない。非生産的な火遊びで怪我や事故を巻き起こすことなどとんでもないことである。
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by tomcorder | 2013-06-16 23:20 | 日記
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EUメルトダウン <欧州発世界がなくなる日> 浜矩子  2011年12月刊

 何ともショッキングなタイトルである。マスコミに露出するたびに、過激なキャッチフレーズを飛ばし視聴者の注目を集めている浜矩子氏ではあるが、このタイトルもかなり刺激的だ。しかし、過激なタイトルがいつの間にか極自然であるかのような説得力を持っているのが筆者の人気の秘密なのかもしれない。
 EUという第二次世界大戦後のヨーロッパに生まれた、世界で最初の未知への挑戦に対し、作者は事例を過去の格言や神話、聖書、文学作品等に求め、巧みな話術で分析し、読者を納得させようとしている。単に経済学的論理の組み立てにとどまらず、社会学的、心理学的、さらには文学的側面から、この複雑にからみ合った理解しがたい、欧州の大問題を鋭い切り口で、入門者に説明するような語り口で繰り広げている。
 確かに、しろうと的価値判断から言っても、EUの選択した通貨統合、共同経済圏の構築といったユートピア的チャレンジは、想像を絶する問題点や矛盾を孕んでいると考えられる。一口に欧州と言っても様々な内情、国力の国があり、二十数ケ国の国が同一の通貨、経済的基準で運営する、ということは極めてリスクの高いチャレンジと思えてくる。アジアの遠方から、はるか彼方の地域を見渡せば、表面から見れば実に夢のある、正に「未来に目を向けた壮大な試み」と映り、「さすがヨーロッパ、先進国」とも考えらるが、浜氏がクールに(正に冷酷とも言える論調で)分析しているように、「うまく行かない理由」は限りなくと言っていいほど想定できる。
  確かに「夢」はすばらしい。しかし、ギリシャを始め枠組みからはじき出されるかもしれない立ち位置、におかれた国々にとっては、近い将来を予測することも困難な状況にあり。「夢」への代償は余りにも大きい。そして現在高台にいるドイツでさえも、決して未来を楽観できないのが実態だという。
地球の最先端を歩いてきたヨーロッパも、行く先のわからない道を選択してしまったようだ。どこにたどり着くかは現在誰にも分らない。
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by tomcorder | 2013-06-15 20:31 | 日記
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 「恐慌の歴史」    浜矩子         2011年11月刊

今我々は21世紀型恐慌のさなかにいるという。確かに世界を震撼させたリーマンショック以降、確実に多くの国の経済事情は、極めて落ち着きを欠いた混乱状態が続いている、ということは経済のしろうとでもよくわかる。それに輪をかけたように我が国は、東日本大震災並びに福島第一原発事故という空前絶後の大災害に襲われ、歴史上にも経験のない修羅場の中で国中がもがき苦しんでいる。まさに「恐慌」の2文字がリアル」な響きを持って聞こえてくる現状のが現状だ。確かに天変地異は人間の予知できぬ領域かもしれない。しかし経済現象としての恐慌は氏の言葉を借りれば、経済活動の自己浄化作用であるという。つまり過剰生産に元づく資本主義固有の矛盾が爆発し、経済活動が最悪の状態で暴力的に収縮する現象と説明している。
世界はこれまで大小さまざまな恐慌を経験してきており、3年おき、10年おきのサイクルで発生するというメカニズムの時もあったし、50年、100年に一度の規模のものもあった。特に2008年に発生したリーマンショックは1929年の世界大恐慌以来実に80年ぶりに起こった恐慌であった。人類は繰り返す恐慌の中でより良い方策を求め知恵を結集したはずであったが、新薬にもやがて次世代の耐性菌がうまれるように、恐慌を避けるために行ってきた財政金融政策が新たな恐慌を生み出す原因になってしまったという皮肉な結末を招いてしまった。と辛口の解説をしている。
世界を巻き込んだ怪物との格闘の中で、我が国は果たして有効な答えを探し出せるだろうか?
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by tomcorder | 2013-06-14 22:40 | 日記