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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

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 「検証福島原発事故記者会見2<収束の虚妄>」  木野龍逸2013年1月刊

2012年1月に発刊された初刊の続編。初刊は木野氏と日隅一雄氏の共著だった。昨年2012年6月、日隅氏はがんのため志半ばで世を去った。本著は木野氏の言葉によれば「日隅が書かせた」ものだった。日隅氏の意思と信念を受け継いだ木野氏が2012年12月「収束宣言」以降の原発を巡る経過を、「読者、市民の視点から」赤裸々に綴ったものである。収束宣言から一年半を過ぎても、未だに事態は改善されていない。汚染水一つとっても、収束どころか「step1」さえもクリアーできない現状だ。情報開示も遅々として進まない。いつも東電は隠し、ぼやかし、白を切る。テレビ会議の公開一つとっても、なかなか要求に応えず、拒否を続けた。この体質そのものが問題であり、被害者はもとより国民の声を裏切るものである。筆者は東電を始め関係諸機関がいかに不誠実な対応をし、真相解明を遠ざける働きをしてきたかを、具体性をもって描き出そうとした。その試みは大いに理解できるといえよう。
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by tomcorder | 2013-07-28 12:44 | 日記
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  「沈黙の春」   Rachel Carson1962年刊

原題は「Silent Spring」まさに直訳ではあるが、最初翻訳版が日本で刊行された時は「生と死の妙薬」というタイトルで出版された。今にして思えば、直訳の方が内容の深刻さを如実に表現されている,と思うのだが、初刊発刊の際は何か直訳をためらう思惑があったのだろうか。この点についての解説はとくにはされいないが、翻訳者の意図を聞いてみたい所である。本書が刊行された時代は、戦後の復興期から高度成長経済に入り始めたころであり、日本全体が消費経済の真っ只中に突入したころであった。農薬や化学物質が多用されるようになり、公害問題の浸食が進行しつつあったが、広く社会問題となるにはまだ時間差があった。しかし欧米のいわゆる先進国では、徐々に環境問題がクローズアップされるようになりつつあった。本書はその先駆けとして衝撃的な、メッセージを世に投げかけた、歴史的な書籍とされている。
 日本では欧米の後を追う様に、やがて公害問題や環境問題が社会の重要テーマになってきたが、この時代はまだ、やがて起こる悪魔のいたずらに気が付かなかった。そういう意味でも非常に先見性のある著述であり、今から半世紀も前に、すでに作者は「人の遺伝子の中の染色体を破壊する要素の主なものは二つあり、一つは放射能であり、もう一つは化学物質である」と言いきっている。1960年代と言えば核実験の時代から徐々にブレーキがかかり始めた時代であり、原発が世界にはびこる前の時代だった。にも関わらず筆者は放射能と化学物質とを二大危険因子として警告していたのである。誠に当を得た指摘であり、見事に将来を予見した警告であった。
今はもうその時より病巣は進行している。果たして世界はCarson女子の渾身の警告に対し、誠意ある答えを見つけることができただろうか、あるいはできるのだろうか。疑問は残されたままだ。特に日本は時間を追って欧米を追いかけてきたが、「フクシマ」以降重い課題を背負いながら、この厳しい警告に向き合わねばならない。本書は「化学物質に」ついての警告が主体の主張ではあるが、これからの日本および世界は二つの重荷から逃れることはできない。「沈黙の春」の後に世界はどんな「夏」や「秋」を予見すればいいというのだ?

*Facebookに異常あり、どこからか更新を妨げる異常警告と圧力あり。どこの情報機関のなせる業か*
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by tomcorder | 2013-07-26 22:31 | 日記


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 「カウントダウン・メルトダウン」   船橋洋一 2012年12月刊  

 元朝日新聞主筆、ジャーナリスト船橋洋一氏が退社後、独立系シンクタンク「財団法人日本再建イニシアティブ」を設立し、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)立ち上げ、事故調査検証報告書を刊行した。本書はその過程での一部始終を詳細に記した、「解説本」である。約300人に亘る政府関係筋からの聞き取り調査を経て、原子力ムラの関わりから独立した、自由な立場からの切り口で事故の全貌を暴き、原発の安全神話と原子力ムラの構造にメスを入れた。2012年2月28日委員会は「調査検証報告書」を発表し解散した。この一連の動きを作者はもう一度一記者に戻って、正にメルトダウンの軌跡を克明にカウントダウンしたのが、作者が語る本書の位置づけということらしい。
なるほど、民間事故調のキャップとして調査活動を指揮した筆者ならではの、詳細な内容が迫力ある情報源から、事件の真相に肉薄する「発言」が集められており、説得力ある内容構成になっている。記載されている項目の重さ、重要度と取材力の卓越さが光っている。具体的に言えば、政府幹部からの客観的発言、会議内容や、各省庁、東電幹部をめぐるやり取り、など克明な調書に基づく記述がされている。また、深刻な選択場面での東電、消防庁、自衛隊をめぐる紆余曲折なども詳細に描かれている。一時話題になった注水中止にまつわる官邸か東電かの疑惑、政府・東電の統合本部誕生のいきさつなど、時系列で記載されている所は注目に値する。さらに、作者ならではの観点としては、米軍や米政府の福島原発事故に対する考え方や、立ち位置の違い解説まで展開している点は、大変貴重である。単に憶測ではなく、事実に元づいて、アメリカの姿勢を分析している。重篤な危機に対しアメリカも苦悩していた。米国としての避難計画についてもいくつかの判断の違いがあった。立場による主張の違いもあったし、日本政府との関係という点でも、かなり橋のかけ違いがあったようだ。もちろん日米双方の立場の違いはあっても不思議はないが、「福島第一原発にどう対処するか」というテーマに対しては目指す方向は一致していたはずではあったが、日本政府のとった選択は、必ずしも米国の期待した方向とは一致しなかった。米国に対しては今も国論を二分している我が国の世論ではあるが、原発事故という思想信条を超えた「現実」に対し、米国の進言を聞いた方が良かったか悪かったか、今後の進展がその評価を決めてくれるだろう。ただ、言えることは、「日本の技術」は決して万全ではなかった。注水活動一つとっても、外国製の機器が危機を救ったのは事実だったし、日本のお家芸と思われていた「ロボット」も実際に働いたのは外国製だった。我々日本人は「神話」に弱い民族であることを認識したのは私だけではないだろう・・・・・・。

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by tomcorder | 2013-07-24 09:40 | 日記

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  「日本のエネルギー、これからどうすればいいの」   小出裕章 2012年5月刊

 本書は平凡社発行の「中学生の質問箱」シリーズの一作である。筆者はまたまた登場の小出裕章氏。中学生対象ということになっているが、なかなか中身が濃く、易しい言葉で説明はしてあるものの非常に論理的でありながら、エネルギー問題の本質を鋭く抉り出している。その根底には学者としての良心とプライドからか、若い世代への強い願いとメッセージが託されている。
原発、核をめぐる矛盾や地球汚染の現実に始まり、地球全体のエネルギーに関わる歴史と構造および世界の現状分析におよび、、それらは、科学者の目からの冷静なプレゼンテーションといった枠にとどまらず、広い生命観と正義感から展開されており、ある部分「哲学的」でもある。「人類の問題」と捉えれば、数えきれないほどの無知と誤りを尽くしてきた、地球の科学文明の「証拠固め」をすることは、一般大衆にも理解されるようになってている。にも関わらず地球のいや、人類の未来は絶望的とも思える課題が山積し、文字通り人類存続の危機がさけばれている。そんな中、氏は本書の中で驚くべき発言をしている。それは、アメリカで起きた「スリーマイル島原発事故」の収束に向かう場面での記述から始まっている。原子炉の温度が下がり、燃料棒取り出しの作業を始めるべく圧力容器のふたを開け、水中にカメラを入れた時、モニター画面に驚くべき有様が写っていたというのだ。それは微生物やバクテリア、菌類、藻類といった特殊な生命体で、その後数回の薬品処理をしても、もしばらくは生き続けたというのである。人間なら即死に近いほどの放射線量下でも、生きてゆける生命が存在することが確認されたというのである。もしこれが事実なら、筆者の推論では、やがて人類は滅び、地球上には新しい生命体が支配する時代が来るだろうというのである。しかもその生命体は「人間からの束縛」から解放され「快適」な地球の新時代を歩き出すだろうというのである。あたかもそれは恐竜が滅び小型哺乳類が地球の中心に位置するようになった過去の歴史と似ているという。・・・・はたしてそうなるのか。なるとすれば何時頃の話なのか?現在の地球の上データからすると、案外それは早いのかも知れない。すこしでもその時期を延ばしたいなら、氏の計算では日本人はエネルギー消費量を現在の3分の1、4万カロリー程度に抑える必要があるという。それでも結構文化的な生活はできる。1970年程度の消費生活は保障できるという。十分楽しい消費生活が送れるレベルだ。賢い指導者の選択と共に賢い日本人になることが必要だ。
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by tomcorder | 2013-07-15 14:41 | 日記
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 「死に至る虚構」<国家による低線量放射線の隠蔽>     ジェイM.グールド ベンジャミンA.ゴルドマン 共著
                                        肥田舜太郎  斎藤 紀 共訳
                                        2008年11月初刊(PKO雑則を広める会)

2008年5月30日、国に対して原爆症認定却下の取り消しを求める、原爆症認定集団訴訟において、大阪高裁は全原告9名の認定却下を違法と判決した。その時国がそれまで無視していた、「内部被曝」の影響を認める根拠として取り上げられた文献の一つとして、本書「死に至る虚構」が重要な資料としての価値を示したわけである。この結果、国は最高裁への上告を断念し、麻生内閣は原告との全面和解に向けて基本的な合意に達した。判決文の一部に本書の引用が何ヵ所か取り入れられ、その説の信憑性が認知されたのである。もとより、本書の訳者である肥田・斎藤両氏は本業は医師であり、長年広島、長崎の被爆者の医療に幅広く携わってきた経験から、いわゆる「入市被曝」の存在についてゆるぎない体験とデータから、信念を持っていた。数々の原爆症認定訴訟にも関わってきた。そんな中で、1990年に初版発行された本書の原典を、両氏が1994年に翻訳したのである。その後その貴重さを訴えるべく、PKO雑則を広める会が2008年に再版を企画し本書が世に出ることとになった。本書は核に手をだすことになった人類が、今まで起こしてきた数々の汚染、被曝の事実を、客観的データから統計的処方により導き出した衝撃の事実を、大胆に主張した画期的な書物である。体験的に「内部被曝の脅威」を指摘していた医師や科科学者は、各国にも存在していたであろうが、かつては「科学的に論証」することが難しかった。しかし、IT技術の進歩等もあり、現代は膨大な資料を比較的短時間に処理することが可能になってきた。貴重な資料をコンピューターの力も借りて「統計学的理論」によって検証した結果、著者の主張するように、内部被曝の恐るべき爪痕が、具体的なデータとして結論づけられるようになった。チエルノブイリやスリーマイル島原発事故の影響や、各種核施設のもたらした被爆被害の実像が、論理的に証明できるようになったのである。この結果を福島原発事故にも当てはめて考えれば、今後予想される被害のアウトラインも想像できる。現に甲状腺への発癌等の影響の可能性、2011年に見られた乳幼児死亡率の一時的な有意差など、政府筋の主張する「安心説」とは裏腹に深刻な実態が見え始めている。今後内部被曝の実態がより認知され、核の脅威が正しく認識されなければ人類に未来はない。
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by tomcorder | 2013-07-11 20:04 | 日記
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  「サイレントウオー 見えない放射能とたたかう」 
                                 今中哲二著  2012年11月刊

著者今中哲二氏は京都大学原子炉実験所助教という肩書の学者であり、すでにマスコミにも名の知れた存在である。同僚の小出裕章氏と共に、反原発の立場からの原子力研究を続けているいわゆる「熊取6人衆」の一人である。6人衆といっても現職は作者と小出氏の二人で、本人の言葉からも「盟友」同志という認識らしい。確かに二人は同じ研究所でほぼ同じ姿勢で国の原子力行政に対峙し、厳しく提言をしてきた。しかし、本人も語っている通り、今中氏の社会に対する発信の仕方、報道に対しての露出の様子は小出氏とは少し違っている。氏の言葉を借りれば「学者としての使命」を重視しそれに徹する。「自分は闘士ではない」と率直に語っている、その意味では確かに小出氏の存在とはイメージがちがうかもしれない。しかし、今中氏はチエルノブイリの事故の後、何回も現地に向かい調査をし、汚染された環境の中でデータを集めてきた。当然福島にも早い時期で入り、貴重な資料を自らの体験の中から収集している。まさに現場で活動している学者、行動する学者である。小出氏とは違った意味で「アクテイブ」な存在といえるかもしれない。発する表現はやや控えめで、「少なくとも〇〇〇、」と言った一歩引いた発言が多くみられ鋭く煽るような口調は少ない。しかしそれだけに、具体的データにのっとった指摘には説得力があり、「断定はできないこと」「まだ証明されないこと」に対してはトーンを下げた論調となっており、「ガードの固い」発言とも受け取れる。素人の判断は軽率かもしれないが今中氏の発言中には「ICRPの資料によれば」というフレーズが多様されており、ややICRPの学説に趣を置いているのかも知れない。最近のECRRの見解や内部被曝を危険視する見解には距離を置くという立場らしいが、この辺はなかなか、素人には難しい判断だ。しかし時間の経過から内部被曝の問題も徐々に解明され、新しい統一見解がでてくるのかも知れない。
いづれにしても、本書を通して提言する今中氏の指摘内容は極めて「抑制された表現」である以上「少なくてもこれくらいは守るべき」とういう基準とも受け止められ、極めてその内容の重さが感じ取れるし、素人にも「わかりやすく」説明されている点は大いに信頼できる書と認めたい。
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by tomcorder | 2013-07-06 12:16 | 日記