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渡霧吐夢世界

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薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

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 「お金崩壊」青木秀和   2008年4月刊

1995年、日経連(現経団連)は「新時代の日本的経営」を打ち出し、有期雇用の非正規社員に置き換えるという、人権切り下げ宣言に踏み切った。企業が生き残るためにはそうした「改革」を行うしかないと挑戦的に訴えた。そして大胆なリストラを断行し、10年経った2005年の段階で、非正規雇用は1633万人、全雇用者5407万人の3割を占めるようになった。そして現在は、非正規雇用の割合はそれよりはるかに高くなっている。これが「規制緩和」の実態である。大企業の存続、あるいは成長を支えたのは、低収入と不安定な立場の非正規社員と過労死と隣り合わせで滅私奉公した正社員であった。史上最高の内部留保を抱えながらも、一向に正当な労働対価を得られない日本の労働者は、今も2極化と分断の最中にある。
 戦後の世界経済はアメリカを中心に回ってきた。2度の大戦を経て1度も本土を戦場にしなかった米国は、世界の富を集中させた。そして戦後の世界情勢の中で、その都度自国中心の経済システムを他国に認めさせてきた。そして絶えず、一貫して米国経済に奉仕し続けたのが、我が国の米国に対する「役割分担」だったといえよう。事実日本は米国の大量の国債を引き受け、その対価として米国に「現金」を献上している。そして我が国には、膨大な「借金証文」が残る。作者の説明によれば、アフガニスタン、イラクに投じた、米国の軍事予算3500億ドルの実に9割が我が国の「国民の貯蓄」によって賄われていた、ということになる。これが事実なら誠に忌々しき実態である。戦後我が国は国民の「勤勉なる」努力と日夜の労働の成果として、経済発展を遂げてきた。多くの国民が「家族のため」「祖国の繁栄」のため力を注いできた。しかし、「家族のため」というより、「米国のため」だったと言われたら何と「返答」すればよいのだろう。
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by tomcorder | 2014-01-21 17:36 | 日記
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「日本残酷物語Ⅰ」<貧しき人々のむれ> 平凡社 1995年4月刊
           宮本常一、山本周五郎、梶西光速、山代巴監修

平凡社犯行「日本残酷物語」シリーズの第一巻。副題に「貧しき人々のむれ」と名付けられた通り、日本の歴史の中に刻まれた「最底辺」で生きた人々の生き様を残っている資料に即し、赤裸々に綴ったものである。時代背景も幅広く、古くは15,6世紀から太平洋戦争前後までの長い期間を横断的に描いており、歴史に詳しくない読者にとってはやや客観性に曖昧さを感じてしまう一面もあるが、逆に時代を超えた日本人の「貧民史」が浮かび上がってくるとも言える。今のこの時代巷には物が溢れているが、日本の歴史の中では、これは正に「つい最近」の出来事であり、日本の庶民は長い間ずーっと貧しかった。その中で、個人の責任とは程遠い、社会の矛盾と理不尽な封建制度のしがらみから、のがれようと必死で日々もがき続けていた。そこには表面的な道徳やものの善悪を超えた、民衆の叫びが流れていた。現代の法や倫理観では裁けない、想像を絶する生の営みがあった。
そして絶望的な環境や境遇の中でも、人々は明日を生きる術を求め、懸命に一日一日を送っていた。
これから、何年、何十年を経過した時、現在も又「残酷物語」の1ページとして描かれる時代が来るのだろうか?
その時になって、民衆がどちらを向いて生きていたかがわかるのかも知れない。
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by tomcorder | 2014-01-21 14:40 | 日記