ブログトップ

渡霧吐夢世界

tomcorder.exblog.jp

薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

<   2014年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

a0292328_22402686.jpg

「ウィキリークスでここまで分かった世界の裏情勢」 <機密暴露の衝撃と舞台裏>                      宮崎正弘著   2011年2月刊

2011年の2月、3.11のちょうど1か月前に発刊された、ウィキリークスを通しての世界の情報事情の解説と日本の政治状況への痛烈な風刺。筆者の言葉より引用すれば・・・
「ウィキリークス事件は21世紀型情報戦争の幕開けを告げた。機密の暴露は政治の閉塞を突破し、偽善を同時に暴く機能を持ったが、これからの外交の機密の在り方を大きく変えるだろう。それがより安定をもたらすか、あるいは不安の方が多いか?ともかく<情報とは何か><情報戦略とはいかなるものか>の本質的な再考を迫ったのがウィキリークス事件である。」・・・・
確かにウィキリークスが世界に投げかけた衝撃は計り知れない。しかし膨大な情報の中身は
玉石混交の状態で、最高レベルの国家的秘密情報もあるがその割合は多くはない。逆にスキャンダルまがいのゴシップ的情報も膨大な量が流出した。まさに週刊誌レベルの話題も多い。従って、ウィキリークスのもたらした影響は功罪両面が指摘される。すべてが前向きな情報とは限らないし、立場によっては身の危険に曝される人種もあるという厳しい側面もある。
全てが肯定的とは言えないが、IT時代の到来はこれまで触れられることのできなかった機密事項も、決して永久保存はできない状況になってきたことを知らしめした。
 作者はそのことを具体的に示し、名言している。それはいかなる政治体制化にある国家においても、大差はない。そんな中、我が日本は「肥満した負け犬」「長期ビジョンを欠落した指導者」とのコメントが飛び交った。又米国の情報筋によれば、「日本は大した機密が存在しない」とも評されている。何とも情けない言葉」とも受け取れるが、最近は「秘密保護法」などが法制化され必ずしも我が国の方向性は好ましい方向に進んでいるようには見えない。その点作者の視点は、かなり特定方向に傾斜しているように感じられるし、きな臭い歴史観が見え隠れしている。情報戦が新たな戦争の火種にならぬよう、庶民は目を光らせなければならない。ウィキリークスのもたらした衝撃を、生かすも殺すも市民の姿勢にかかっているのではないだろうか。
[PR]
by tomcorder | 2014-07-31 22:41 | 日記
a0292328_1042321.jpg


  「こうしてテレビは始まった」    有馬哲夫著  2013年 12月刊

「戦後GHQは外国企業が日本でビジネスや会社を興そうと申請しても、なかなか許可を出さなかった。(外国企業から守ろうとしていた)ただし、例外として、通信社・雑誌社・映画会社・広告会社・等は認めていた。」このことは「対日心理作戦」に一役買っていたと認められる。(筆者弁)
 戦後の混乱期を過ぎ、日本経済が徐々に成長の兆しを見せ始めたころ、「日本にテレビ放送の実現」を考えていた人びとの存在があった。その始まりは米国の対日政策の一環の上にあり、商業的、経済的意図と米国の安全保障政策との両面からプラン作りが始まった。
ことの始まりは米国における「ラジオの父」と称されるリードウ・フォーレストがラジオ、トーキー映画の実用化からの関連で日本の皆川芳造を通して、テレビ放送の実現を図ろうとしたことであると筆者は語る。当初GHQは日本放送協会を民主化し、NHKを中心にテレビ放送を実現しようとする考えであったが、途中からNHKの姿勢に政治的な危険性を感じ、方針を変えNHKから左翼的要素を排除するようになった。そしてNHKを巧みに利用しつつ、NHKに対抗する勢力として民放の存在を高めることを考えていた。
GHQ内の覇権争いや米国内の政治的な曲折から日米の利害をつなぐ交渉人として、GHQに通じていた柴田秀利が精力的に米国で活動し、結果としてその後の日本のテレビ放送開始への中心的人物、正力松太郎が表舞台に登場することとなる。正力は読売新聞や政治的背景をバックにして次々と計画を実現し、最初の民法テレビ「日本テレビ」を開局した。アメリカの意志を感じとり巧みに動き、アメリカの支援を利用し多くのアメリカ版放送を国内に流し、自己の商業的・政治的成功と共に、アメリカの対日情報政策に寄与した。しかしながら、正力はその政治的野心が災いして、やがては「主人公」の座から引きずり降ろされた。「押しのけた人間が押しのけられた」(筆者言)
そもそも日本へのテレビ放送の導入は、最初から「反共の手段」としての動機からであり、「マイクロ波構想」もアメリカの軍事戦略上の必要性から浮かび上がったものであった。又テレビ放送で流される番組もVOA(Voice Of America)の内容をそのまま流そうとする目論見であった。実際に、米国の意図はそのまま実現されたわけではないが、「効果」の面からは十分にアメリカは意図した通りの結果をもたらすことができた。テレビを通し莫大な量の「アメリカ的文化」が日本の家庭に充満し、「アメリカ的物の考え」「アメリカ的価値観」が日本を変容させて行った。
勿論、日本人が享受したものも大きかっただろう。家庭での団らんを明るくし、娯楽を楽しむゆとりを与え、様々な情報の拡大を実現した。報道的な番組でも日本中に即座に生々しい映像を届けることが可能になった。
 しかし、時代が進む中で、テレビ放送の持つ負の側面、「魔力性」にも目を向けねばならない。3.11以降明らかになったように、テレビの持つ「故意の情報操作性」や「洗脳効果」に気が付かねばならないのが現代の状況だ。テレビ導入期に画された「アメリカの意図」が今現在も「電磁波を放っている」ことを忘れてはいけない。きしくも、テレビから「原発」に目を向けた正力の辿った道は、結果的に「福島第一原発事故」に通じてしまった。事故を起こすために始めたことではないが、様々な「政治的圧力」により目的を貫徹するという手法は、テレビ導入のそれと極めて同質と思える。
「日本テレビ」という名称が何故かブラックジョークに聞こえてくる。
[PR]
by tomcorder | 2014-07-30 10:44 | 日記
a0292328_17365157.jpg

  「赤紙と徴兵」 <105歳最後の兵事係の証言から>    吉田敏浩著 2011年8月15日刊
 「滋賀県長浜市の浅井歴史民族資料館の一室に古びた書類の山がある。旧東浅井郡大郷村役場で兵事係をしていた西村仁平さんが戦後60年余り自宅に保管していた兵事書類である。」・・・本書の書き出しはこの一節より始まる。「兵事係」とはかつて、戦前・戦中に全国の市町村役場で、徴兵検査や召集令状の交付、出兵兵士の見送り、武運長久祈願祭の開催、戦地への慰問袋のとりまとめ、戦死の告知、戦死者の公葬、出征軍人の家族や遺族の援護など、・・・兵事に関する膨大な業務を担っていた公職である。今風に言うなら「戦争関連よろず請け合い事務処理官」とでもなるだろうか。その兵事に関わる諸書類が兵事書類である。(筆者説明)実はこの書類は、1945年8月15日以後、すなわち敗戦の日を過ぎて、軍の命令により焼却廃棄することになっていたのである。焼却命令が何時に出て、どんな目的だったかは正確には覚えていないと言うが、とにかく西村氏は自分が関わった書類は多くの若者の生死をも分けた、家族や関係者にとっては本人を含め人生を大きく左右した、経緯を物語る足跡であり、どうしても「なかったこと」には出来なかったのだ。そうしているうちに60年以上が経過し、「戦争は悲しみだけが残る。2度としてはいけない」との思いがわき上がり、自分の残した兵事書類が「戦争がどんなものかを知るための証になれば」と思い公開することになったのだという。
西村氏の書類が表す「戦争の記録」は極めて多方面に渡っている。招集される兵の種類とか、その人選もための準備、調査にはじまり、徴兵検査や招集の遂行、家族の援助や状態の観察、訃報の伝達や遺族の援助、等々実に多岐に渡る業務であった。勿論仕事が仕事だっただけに、いかに誠意を持って対応しても、冷たい視線に曝されたことも感じていたという。いくら「赤紙を書く仕事は関係なく渡す役だけだった」とは言っても、大事な息子を、奪われた親や家族からどう思われていたかは痛いほど解っていたのだ。
西村さんは言った。「戦争が終わり兵事係がなくなって、ほっとしたなぁ・・」
「兵事書類について沈黙を通しながら、独り戦没者名簿を綴った西村さんの戦後は死者たちと共にあったといえる」(筆者弁)
昨今、集団的自衛権の容認等が政府ペースで進められ、「徴兵制」の懸念がにわかに高まっていると危惧する識者は多い。今後西村さんが経験したような「仕事
」やポストが再登場することのないようにすることが、筆者や西村氏が本書を世に出した最大の動機であることは明らかであろう。
a0292328_17345931.jpg

[PR]
by tomcorder | 2014-07-09 17:37 | 日記
a0292328_0175726.jpg

  「死の淵を見た男」   <吉田昌朗と福島第一原発の500日>   門田隆将
                                    2012年12月刊
本著は福島第一原発事故の現場を吉田昌郎所長(当時)を中心とした、関係職員の立場から再現したドキュメントであり、正に直面する危機に体を張って挑んだ人たちの物語である。彼らが体験し、考え、苦しみ、勇気をもって戦った事実の経過を作者がインタビューした内容を再構成し、まとめ綴ったものである。マスコミの報道の中身から、大まかな事故の経過は多くの国民の知っているところではあるが、改めてそこに生死をかけて、一瞬一瞬の行動に全力を注いだ生身の人間がいたことは、当然のこととはいえ読むものの心を大きく揺さぶるものがある。
 筆者が冒頭で語っている通り、本書は原発の是非を論ずる書ではない。従って原発を推進する立場も、批判する立場も一言も表現されていない。ただただ、「起きてしまった事故」に対し置かれた立場や職務に対する使命感や責任感から、一個の人間の能力を超越するほどの、凄まじい「格闘」の姿が鋭く描写されている。有無を言わさぬ緊急事態の中で、文字通り一国の存続に関わる重圧を、それぞれの人間の肩に負い、逃げることなく戦った男たち(女たち)がいたことを私たちは忘れてはいけない。
 福島第一原発は現在も収束のめどははっきり見えず、今もそしてこれからも、難問難題が延々と続くだろう。いつになったら、危機を脱したといえるのか誰にもわからない。それでもあの日本列島分断の国家的危機を最悪のシナリオまで展開させずに済んだのは、多くの関係者の必死の取り組みがあったからに他ならない。
今現在事故の被害がどの程度になるかは確定的ではないし、廃炉や現地の安定状態への回復がいつになるかはわからない。ふるさとを奪われ、平穏な生活そのものを奪われた人々はいつになったら安寧な日々がもどってくるかもわからない。本書に登場した人々は全身全霊で対応し極限的な努力をしたことであろう。しかし事故は収束できず多数の被害者が続出し現在に至っている。今も現場では自分の健康を秤にかけ汗を流している人たちがいる。相反する二つの人間模様を前にして、やはり「小説を味わう」わけにはいかないのだと思う。「本の中で終わる話」ならそれは美しい。どんなに「敬意」を払おうとも、「結果」は無視できない。もとに戻ってしまうが、やはりこれは「原因を論じる」ことを逃れることはできない問題だと思う。どんなに「美しき人々」が登場したとしても全ての根源たる「悪魔」の「息の根」を止めない限り、このドラマは完結しないと思う。
 
a0292328_0184987.jpg

[PR]
by tomcorder | 2014-07-09 00:18 | 日記