ブログトップ

渡霧吐夢世界

tomcorder.exblog.jp

薄暗く不透明な世に一条の光を求める一こま

<   2014年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧

a0292328_1131329.jpg


   「被災者支援政策の欺瞞」   日野行介著  2014年8月刊

 著者日野行介氏は1975年生まれの毎日新聞の記者。先に2013年刊、「福島原発事故県民健康管理調査の闇」を著わしている。
 そもそも本著の始まりは、2013年6月に発生した「暴言ツイッター」からだった。エリートキャリア官僚がtwitter上で、公務員にあるまじき上から目線の、不見識な言葉を複数回「つぶやいた」ことからだった。この事実に注目した著者は、素早い調査、張り込みを開始し、その暴言の発信者を突き止めたのだ。驚くべきことだった。twitterの発信元は復興庁のM参事官(当時45)だった。バリバリの中堅クラスのエリート官僚だった。どんな動機からは分からぬが、被災者の心情を踏みにじる言葉であり、「公務員」として許されない、取り返しのつかない発言であった。例えば「左翼のクソ野郎が・・・」とか「懸案解決・・・白黒つけづに曖昧なままに・・・」とか「田舎の議会を見て・・・吹き出しそうになる・・・」等々、被災者はもとより、支援法の成立に尽力した議員や市民団体を問題視し、愚弄中傷するものだった。この人物が支援法の担当者だったこともあり、大きな問題として取り上げられ、当然のことながら本人は処分を受けた。
 しかし、この事件を復興庁は「個人の犯したミス」として幕引きを計ろうとしたが、その内容から言って、「組織としての実態」に大きな疑いを持たざるを得ないような問題性を内包していた。つまり「支援法」は成立したものの、その具体的運用指針が不当に先送りされ、時とともにますます「骨抜き」にされつつあるという現状そのものであった。ここでいう「支援法」とは正式名「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」という65文字にも及ぶタイトルのつく法律だ。
 復興庁が担当する復興支援の法律としては、「福島特措法」とこの「子ども被災者支援法」とが「双子の法律」として存在するが、その扱いは対照的である。その成立には、「超党派」の議員が集まり、「議員立法」で成立したが、成立時の「理念」に呼応するような「具体的方針」が確定しないまま半年もの間、放置されたままだった。関係諸機関同士の思惑が水面下で作用しあっていた、と思われても仕方あるまい。福島県富岡町元職員の小貫氏は言う。「避難者は不安を覚えながら暮らしている。一日も早く支援の手を差し伸べてほしいのに、省庁の責任の押し付け合いに時間が浪費されることは許されない」と。
 線量についても具体的な基準を示さないまま、反発を無視するような形で、「帰還促進を強く打ち出す方向」に政府方針は進んでいった。2013年5月にチエルノブイリに調査に行った政府筋関係機関も、「日本の事故はチエルノブイリほどの被害ではない」との曖昧な結論しか出さず、その発表の仕方も透明性に欠け、自己弁護的である。マスコミでの批判的報道に対しても、政府および規制委員会等関係機関は感情剥き出しの反論を加え、最近ではあらゆる権力を使って「マスコミ封じ」を目論んでいる。これは安倍政権の「政治的スタンス」として共通している。
 著者の被災地の人びとの「生の声」からも分かるように、政府が声高に「帰還への道」を進めようとしても、現地の避難住民は単純に「帰還」を喜んではいないのだ。「線量の把握」も曖昧だ。住民が言うように「政府は都合のいい時だけ公表する」「記者は<みんな帰還を望んでいる>なんて書いちゃだめだ」等の言葉を忘れてはならない。別の住民の言葉では「喜んで帰ったわけじゃない。今の気持ちは伝えきれないし、記者が記事に書くのも難しいだろう。我々は制度に乗っかっちゃった。パターンに載せられている。自宅で泊まれてうれしいというような状況でない。」「絶対に帰るのを拒否しているわけじゃない。でも安心して帰れるような状況ではない。・・・ただ、遠くにいたら声が届かないんじゃないかなと思った。住まないと言えないこともある。私はそれを言いたいんだ!」
 「風評被害」という言葉が一人歩きした。政府がそれを言う時は「責任転嫁」の声も同時に起こる。-------1msvを守る「責任」は誰が負うか------と筆者は問う。

[PR]
by tomcorder | 2014-11-28 11:30 | 日記
a0292328_17531267.jpg

  「市場と権力」         佐々木実 
                                      2013年4月刊
 和歌山県立桐蔭高出身、学習塾の優等生、社会科学研究会に所属し、トップクラスの成績を維持し、一ツ橋大学経済学部で近代経済学を目指す。・・・竹中平蔵少年の若かりし頃のプロフイールである。本書は竹中平蔵氏のこれまでの足取りを中心に、氏の辿ってきた経歴や言動、日本の政界・経済界に対する影響力を、様々な資料から構成した、言うならば「竹中平蔵物語」である。しかし、単なる「伝記」でも「自叙伝」でもない。政治の流れ、経済学界の流れの中で、竹中氏がどの様に考え、どのように振舞ってきたかを、きめ細かく分析し、組み立て、その人物像と国政のなかで果たした役割に迫ろうとするものである。
筆者佐々木実氏は1966年生まれの元日本経済新聞の記者を経て現在フリーランスジャーナリストである。
高校時代に始まり、大学時代、銀行就職時、研究所勤務、海外勤務時、官庁執行時、研究者時代、閣僚時代、小泉政権以降・・・と目まぐるしく活動を続けてきた竹中平蔵氏の、残した足跡をたどって行くと、大きな統一的な「人物像」が浮かび上がってくる。氏の周りには実に多彩な人間関係が存在してきた。学界、政界、経済界と守備範囲が広い。そのほとんどの人間関係において「利用し利用される」関係が成り立っている。悪く言えばその関係は常に「Give and Take」の関係だ。あるいは某経済界の重臣のいう言葉によれば、「竹中の背後には必ず金の匂いがする」のだそうだ。確かに竹中氏のこれまでの言動の数々の中にこれを裏づけるものが各所に見られるかも知れない。
小泉政権時の働きぶりについては見る人により賛否両論であろう。しかし、彼の残した業績は決してプラスの方向ばかりではなく。今現在も続く厳しい雇用の状況や派遣労働者の非人権的な環境の出現に大きな火種を巻いたことは、多くの一致した見解と言っていいいだろう。当然多くの非難にさらされたし、現在もその罪深さを追及する声が跡を絶たない。民主党政権の誕生と共に、前線から「退場」かと思われたが「運の強さ」か第二次安倍政権の誕生と共に、再び「市場原理主義」的手法の政策が進められ、いわゆる「格差社会」が時代に逆行する方向で進みつつある。
「宇沢弘文」氏の言葉を待つまでもなく「経済学は何のためにあるのか」と問わざるを得ない。竹中氏が真に「経済学者」であるならば、「竹中改革」によって日本国民は「どれだけ豊かになり、個々の幸福感が増したか」との問いに明確に答える義務があるだろう。単に統計における数字の問題ではなく。国民一人ひとりの顔と向き合い答えるべきであろう。
[PR]
by tomcorder | 2014-11-12 17:54 | 日記
a0292328_1846167.jpg


  「始まっている未来」  <新しい経済学は可能か>
               宇沢弘文  内橋克人  2009年10月刊
本書の対談部分4回は月刊誌「世界」に掲載された連続対談「新しい経済学は可能か」(2009年4~7月号)に掲載されたものである。
 今年2014年日本を代表する「行動する経済学者」宇沢弘文は惜しまれつつその生涯を閉じた。2度とその声を聴くことはできなくなったが、彼の残した足跡とその熱意は脈々と根付き、新しい時代の経済学の胎動を確実に波及させつつある。
パックス・アメリカーナと市場原理主義の激しいい豪雨の降り続く中、多大な傷痕を残したこの時代の終焉と新しい価値観に根差した確たる足取りで始まった新しい時代への展望が、対談の進行とともに熱く語られている。「社会的共通資本」を機軸概念とする宇沢経済学が、歴史を乗り越えた「解」であることを立証しようとしている。
<第1回>「市場原理主義というゴスペル」
二つの世界恐慌を体験した現代人は、過去から学ばなければならない。ニューディール政策がとられた頃、米国では人口の上位5%が全個人所得の3分の1を占めていた。現代のアメリカでは平均所得の中位以下の個人所得の合計に相当する富を400人の超富裕層が独占しているという。又4%の所得5000万以上の超富裕層が総所得の65%を手にしているという。それなのに、過剰な海外市場への依存も、「改革が足りなかったからこうなった」という学者さえいるのだ。「市場原理主義の経済学」は反ケインズ主義の主張の中で、新自由主義の極端な形として、頭角を現した。ミルトン・フリードマンを中心とした学者集団により勢力を広めた。パックスアメリカーナの根源にある考えであり、「法を犯さない限り何をやってもいい」という極論に走り、戦争さえも範疇に入る。ITバブル時代超富裕層への大幅減税と社会保障関係の予算カットを行った。今の日本と類似している。「規制緩和万能論」「聖域なき規制緩和」などをスローガンにし、「食料や医薬品に対する安全規制は技術進歩を遅らせ、社会に弊害をもたらす」とか「最低賃金法は雇用を阻害する」などと主張してきたのだ。又「派遣労働を規制すれば国際競争力が削がれる」とか「企業が海外移転してしまう」などとも言ってきた。オバマはこれに対して否定的な傾向を示した。「国民皆保険」をめざし、財政的なよりどころを「超富裕層への増税」で賄おうとしたのだ。日本はどうなっているのだろう。我が国は真逆ではないか。アメリカの遥か後ろを追いかけてるのだ。
<第2回>「日本の危機はなぜこうも深いのか」
2009年3月日本では派遣労働者だけで40万人が職を失った。派遣労働法の改正(改悪)が行われ、経営者よりの雇用形態が進んだ。アメリカに対し日本の植民地化が進み、日米構造協議により、日本の道路を米国自動車業界に差出し、日本の農業をアメリカの余剰作物と交換により米国に差し出す結果となった。アメリカでもマッカーシズムが浸透しマルクス主義者やケインズ主義者に対する攻撃が激化したが、多くの経済学者が政治的な圧力を排除して学問の自由と研究者の良心を守るために闘った。我が国の経済学を守った学者達も果敢に行動した。
<第3回>「人間らしく生きるための経済学へ」
内橋氏の言葉を借りれば、地方の衰退は国の政策がもたらしたものの結果であり、地方自らが勝手に飲み食いして赤字を重ねたわけではないという。国の方針で630兆円の公共投資を、生産性向上に結びつかない条件で地方にばら撒き、借金を強要したのだという。結果として巨額の赤字を残し、赤字病院の切り捨てや住民サービスの交代が余儀なくされた。高度経済成長のもたらした帰結・公害、放射性廃棄物、等々市場経済的な計算に乗らない費用も考慮しなければならない問題である。竹中平蔵氏の足跡についても一言述べられている。論文発表のモラルとか、アメリカでの体験とのかかわりとか、「自分の説」のように言っているが、民意といいつつ「民論」を装いつつ「権論」をまき散らしているという。パックスアメリカーナ体制に一番厳しく取り込められたのが、日本だという事実は見逃せない。経済学は何故マネー暴走に歯止めをかけられなかったかという厳しい問いかけの中、最後まで抵抗したのが、大学であった。大学は宇沢氏の論では「社会共通資本」であるが、国立大学法人化により人事権は教授会から文部省の天下りに移された。大学の品位すっかはすっかり落ちたという。パックスアメリカーナとは日本の植民地化によってアメリカが救われることだという。その暴力性は時代に反逆するものであり、これからの経済は資本主義、社会主義の弊害、幻想を乗り越えた先にあるべきというのが氏の主張である。
<第4回>「新しい経済学の伊吹」
今の経済学はケインズともマルクスとも違う、経済の原点を忘れて時の権力に迎合するような考え方で、根本にあるのは市場原理主義という、儲けることを人生最大の目的にしていて人間的側面は無視していいという考え方がフリードマン以来大きな流れになっている。これに対し宇沢氏は「共生セクター」の原理、共生経済の在り方が重要だと説く。簡単に言えば「競争から共生」へいう流れと理解してよいのだろうか。「市場をコントロール」して行くことの必要性を強調している。これは市場が主でなく、人間が主語でなければならないという考えである。パックスアメリカーナからから新たな経済、共生経済を目指す人びとへの社会的指向性が見えてきたのに、現在の日本政府は新自由主義的な色彩の強い、歴史に逆らうような政策に明け暮れている。アベノミクスの矢印は完全に「過去向き」に進んでいる。
[PR]
by tomcorder | 2014-11-04 18:47 | 日記